村浩二『マイブリッジの糸』
< 1 2 >




『マイブリッジの糸』
(C) National Film Board of Canada / NHK / Polygon Pictures


<注意:このインタビューには、作品の具体的な細部に触れた内容が多数含まれていますので、鑑賞後に読まれることをおすすめいたします。>

――時計についていうと、10時10分前後を指しているというのは、意図的なところでしょうか。

山村
単にビジュアル的に美しいということですけど、いい加減です(笑)。そんなに意図はない。他の人にも言われたけど、何か読み取れますかね(笑)。

――10時10分前後をふらふらしていますね。7、8分と12分あたりを。そこを軸に作品を読んでみると面白いです。

山村
あ、本当ですか(笑)。時間が数分ズレているのは何でですかと質問されたことがあって。でも意図的にやったことではないです。

――10時10分というもの自体が、ある意味で、母親が蟹を生み出す瞬間、もしくは、マイブリッジが連続写真を生み出した瞬間、つまり、芸術作品が生まれる決定的な瞬間なのかなと。マイブリッジが時計を投げ捨てるときには10時12分頃なのですが、母親が時計を受け取るときには10時7分あたりを指しています。そして、ピアノの前に母親が佇むとき、また10時12分頃になっている。

山村
マイブリッジが投げ捨てた後、現代に戻ってくるあいだに、時計が動いたかどうかは決めてなかったんですね。その時点で止まったかどうか。自分のなかの設定として決めてなかったんですよ。あそこで時間がフリーズしてしまったということもできるんだけれども、そこはあやふやにしておいた。

――となると、偶然にまかせたと。

山村
そうですね。だからそういうふうに読んでもらっても構わないですし、そうやって解釈が生まれるということも面白いですね。


『マイブリッジの糸』
(C) National Film Board of Canada / NHK / Polygon Pictures

――今回の特徴として、動物と女性が大きくフィーチャーされていたことが以前の作品と比べて印象に残りました。女性のことでいうと、特に最近の山村作品における女性というのは、自分の運命をただ単に受け入れるだけというのが、『カフカ 田舎医者』のローザであり、『年をとった鰐』のタコであり、あったと思うんですけど、今回はそれがかなり前面に出ています。

山村
これはこの作品のきっかけになったのが、妻の発言だったからです。赤ちゃんの時代の娘はもう戻ってこないという話をしていたことが、一番のモチベーションなんですよ。僕の奥さんの気持ちがベースになっているわけです。

――明確にそうなんですね。

山村
そうなんです。だから、ある種リアルなものとして描けたんじゃないかなと。

――なるほど、女性の顔なんですけど、直接的には描かないかなと思ったんですけど、結構描いてますよね、具体的に。

山村
そうですね、それが難しいところで、完璧に描かないところに行きたかったんだけれども……最後のマイブリッジの写真につなげるというところもあったんで。特定の人物として描かないように配慮しつつなんとなく顔を感じさせるという方向で描いたつもりではあります。

――マイブリッジに母娘の写真があるというのは、ある意味、出来すぎた偶然というか。

山村
後で写真をチラチラみていて、見つけました。最初からつなげるつもりはなかったんです。でも、よく考えると、もちろん、あらゆるタイプの人間を撮影したいと思ったところもあったと思うんですけど、マイブリッジ自身が、妻を失ったり、息子も孤児院に入れてしまったりということで、ある意味、母と子の写真を撮影したというのは、多少、自分自身の心情や運命に思うところがあったのかもなと。僕の想像ですけども。


『マイブリッジの糸』
(C) National Film Board of Canada / NHK / Polygon Pictures

――マイブリッジの写真との関係でいうと、今回、山村さんがチョイスされた動物は、あまり日常的すぎないものばかりですね。重量感のある動物が多くて、猫などは入っていない。動物の選択は意識的なものでしたか。

山村
ある程度はそうですね。バッファローとか、もう絶滅してしまった動物は絶対に入れたいと思ったんですよ。猫とか近代的な印象を与える動物は避けたいと思いました。馬はどうしても入れなければならなかったんですけど。象とか、駱駝とか、古代の印象を与えるものを選びましたね。

――今回、動物は時間の象徴となっているということですが、『マイブリッジ』の最初のアイディア自体が、日常的な光景に動物がいるスケッチだったとおっしゃっていたと思います。具体的にどういう絵だったか教えてもらえますでしょうか。

山村
洗濯物とかが日常的に干してある部屋のなかに、馬がいたりだとか、普通のマンションの廊下に牛がいたりだとか。トイレのなかにサイがいたり。サイは最終的に、マイブリッジとはつながりがないので使わなかったのですが。

――古代性を感じさせる動物が今回使われることになったわけですが、最初のスケッチの段階では意識的ではなかったですか。

山村
はい、最初に描いたときには、現実的な空間とギャップがある動物を選んだんだと思います。犬や猫だったら、普通になりますよね。異質なものがいるっていうのが面白くて描いてたと思います。

――そのことが結局、今この瞬間が永遠につながるというところとも関連してくる。僕は『マイブリッジ』を観て、ノルシュテインの『話の話』を思い出したんですね。今と今ではない時間性というものが、断片的なシーンの共存のなかで描かれていたという点において。

山村
『話の話』でも日常のなかに見つける永遠性というものはありますよね。でも今回はノルシュテインの作品は作っている際には意識していませんでした。やはり今回はNFBということもあって、マクラレンのことは、意識しましたが。

――今の質問ともちょっと関係するんですが、僕は今回この作品を観て、『頭山』以前の作品との関係はどうなんだろうなと考えました。『ヤマムラアニメーション図鑑』に、クリス・ロビンソンの評論が載っています。彼は『頭山』の前後に線を引いていて、『頭山』の「前」というのは、「今を生きる」ということ、日常を神聖化するということがテーマになっていると指摘しています。山村さん自身もインタビューで認めていますね。『マイブリッジの糸』はそれと似ているようでいて、違うところもあるなと。『頭山』以前の作品が子供の目線で捉えられた「今」の神聖化だとすれば、『マイブリッジ』は大人にとって「今を生きる」とはどういうことかというのが語られているように強く感じたんですね。

山村
それはそうかもしれないですね。以前の作品は、子供向けということもあったと思いますが、それだけではなくて、自分自身の精神的にも、幼児期の感覚をそのまま引っ張ってきて、大人とは違う時間の日常しかない、それがすべてだというところをやっていたと思います。でも今回はやはり母親視点というか、大人の女性が生きていくときの考え方というのが反映されていると思います。

――最近の作品、たとえば『頭山』や『田舎医者』では、作品の後半で、リアリティを混乱させる作業が行われていたと思います。観客が自分の立ち位置を揺らがされる感覚を覚えるようなものだったと思うんですけど、そういう感覚が今回はありませんでした。今回、女性の役割が大きくなったことと関係あるんじゃないかと思うんですが、現実が揺らぐというより、むしろ「そうだよな」という感覚が強くありました。

山村
そうだと思います。これは単に自分が抱いている女性に対する感覚かもしれないですけど、女性ってちゃんと今を生きれている感覚があるんですよ、男よりも。男は論理的に考えたり未来を予想したりだとか、今そのものをつい見ようとしない傾向がある気がして。いろいろなことを理解したり把握したりしてからじゃないと考えられないというか。でも女性は感覚を信じて直感的に動く人が多いと思います。たぶん、今回、作っていくなかで、自分のなかの女性的な立ち位置で作っている気がしましたね。だから、理屈を練りこんでつくった部分もあるんだけれども、ある部分ではすごく感覚的に作った部分もあって、たぶんそれが、出来あがってみると渾然一体となっている気がしていて。だからまあ、自分自身の女性的な立ち位置が強い。男のフィルターを通じた女性ではなくて、やや女性がイタコしていたかもしれない(笑)。

――その感覚は今までの作品ではありましたか?

山村
あんまりなかったかもしれない。単に大人になったからかも(笑)。若いときって、フィルターをかけて見ちゃうから。

――一段階上がった感じが(笑)。


『マイブリッジの糸』
(C) National Film Board of Canada / NHK / Polygon Pictures

――今回、ノルマン・ロジェが作曲を担当しています。彼は作品の中身をダイレクトに反映するような作曲をする人ですが、今回、ロジェの音というのは、『マイブリッジ』にとってどのような役割を果たしてくれたと思いますか。個人的には、ロジェの音のエモーショナルな部分、ある意味での「わかりやすさ」みたいなものが、断片的な構造を持った作品のなかで、観客にとってはひとつの入り口になるのかなと思ったのですが。

山村
その通りだと思います。きっと、もっとクールに音楽を処理することもできたと思うんです。バッハの音楽がかなり数学的に出来ているので、エモーショナルな部分を逆に排除することもできるかなと。でも、最近気持ちがいろいろと変わってきたところがあって、昔はエモーショナルなもの、感情的なものは、知的なものよりもひとつ低いものじゃないかと思ってたんですよ、僕のなかで。でも、そうじゃないかもしれないなと思ってきて。もしかすると、僕らの実存にとって、(エモーショナルなものというのは)結構重要なんじゃないかと思ったところもあり。でもそこまでを期待してノルマンさんに頼んだわけではなくて、こういうクラシックの要素を扱うのは、スキルとしてうまいだろうなと思っていたし、バラバラな構造の作品をつなげていくのにも、彼の音楽で継続性を与えてくれるんじゃないかなと。そういう意味では見やすくなるかなと。エモーショナルなところについては本当に難しくて、バランスはなんとかうまいところにいったとは思います。ちょっと過剰だったかもと思うところもあったけれども(笑)。

――論理と感情の関係の話はすごく面白いです。以前の山村作品と比べると、今回は感情に任せて作られたところが多かったですか。

山村
多かったと思います。

――逆に、これまではそういうものが入るのを許さないようにしていた?

山村
許さないっていうまで厳格にやっていたわけではないですね。でも、そういうのを入れると、ある種わかりにくくなるのかなっていう気はしていました。感情的とはまた違うのですが、子供向け作品のときは、感覚的なところを強調しようとはしていましたけど、大人向けに語ろうとすると、感覚的な表現は相反する感じがして、ある程度の制御をしていました。

――感情という点でいうと、ラスト近辺が非常に豊かです。母親がひとり、ピアノの前に座っていて、そしてピアノのなかに馬が佇んでいる。あのシーンが、なんというか、たまらなく感動的なシーンだと思うんです。

山村
マイブリッジの実話の部分と、あと母と子と動物というスケッチから生まれたアイディアを最初に結びつけたのは、「蟹のカノン」でした。その後に、マイブリッジの撮影装置とピアノの構造がすごく似ているなと思い、母と馬というものが自分のなかでつながったのがその瞬間だったので、あのシーンを最後のところに入れました。二つの世界をつなげることを映像でやろうとすると、たとえばカットバックを使うとか、すごく説明的になっちゃって、どういうふうにシーンとして描いて、編集していいのかずっと迷ってたんですけど、あのシーンが制作の後半の方で、勢いのなかで出てきたんです。

――あのシーンで本当に、いろいろなモチーフがすべてつながり、凝縮されたものになっていますね。母親が一番最後に蟹を生み出すシーンも感動的です。あれは、マイブリッジによるいわゆる芸術家の創造ではなく、一般的な、無記名の創造行為というか、認識行為というものを描いていて、それがマイブリッジ自身の創造行為と等価に置かれているというのがすごく印象的でした。

山村
そうですね。蟹が象徴している物はそれだけではないと思いますが、そういう解釈でいうと、ピアノは多少スキルを得れば誰でも弾けるということがあって。あれは半分観客でもあって、演奏者としてバッハを追体験することでもあって。鑑賞者でもあって表現者でもあるような。そういった点で、マイブリッジと同等か、もしくはそれ以上。

――それ以上!

山村
なんだろう、マイブリッジは自分のやっていることが客観的に見れていないというところもあって。でも演奏者は客観的になれるし、自分のやっていることを楽しむこともできる。そういう意味で、少し、認識を深くできる可能性もあるのかなと。

――それ以上というのがすごく面白いなと思います。それと関連して、今回、マイブリッジがノアに喩えられているシーンがあるのですが、ノアとマイブリッジには大きな違いもあって、マイブリッジの箱船に乗っている動物たちは、つがいじゃないですよね。マイブリッジ自身も一人で乗っていて、つまり、彼の王国は彼自身で終わってしまう。

山村
その通りです。だから、円環が許されないというか、単純に、継続が許されない。そういう意味では、芸術も半分、影でしかないかもしれないし…プラトンのいう現実の模倣でしかないかもという、少し悲しい意味も込めています。創作行為のひとつの見え方ですね。

――しかし逆に、演奏するための楽譜は、そうした行為があってこそ、つまり、たった一人の箱船に乗った人たちがいないと存在しないと。

山村
もちろんそうです。だから、必ずしも、空しいものだけではないと思います。

――今回の作品は、山村さんにとっては集大成でしょうか。 

山村
分からないですけど、たぶん、集大成というよりは、次の段階かなという気はしています。時代的にみると、『頭山』から『カフカ 田舎医者』までがひとまとまりで、まだどう展開するのか次はわからないですけど、その次の段階に来たかなという感覚は自分のなかにありますね。






山村浩二最新作『マイブリッジの糸』、9月17日(土)〜10月7日(金)まで東京都写真美術館ホールにて3週間限定ロードショー!

公式ホームページ




山村浩二インタビュー 『マイブリッジの糸』 < 1 2 >