『幾多の北』と三つの短編

全国劇場公開中。
これから上映する劇場:
02.11-17 18:20-、名古屋シネマテーク
初日トークショー:山村浩二×幸 洋子
03.03、福岡、KBCシネマ
03.10-16 16:50-、広島、横川シネマ
03,18-24、川崎市アートセンター
日程未定、京都、出町座

上映が終了した劇場:
2023.01.27-29、池袋、新文芸坐
全日満員御礼!
トークショー:
01.27 山村浩二×幸 洋子×矢野ほなみ
01.28 ピーター・バラカン×山村浩二
(舞台挨拶:幸 洋子、矢野ほなみ)
01.29 中条省平×山村浩二
(舞台挨拶:honninman、矢野ほなみ)

山村浩二監督の『幾多の北』は、明快なストーリーを持たず、一般に「長編アニメーション」という言葉からイメージされるものとは異なる「行き切った」仕上がりで、その前例のないチャレンジは世界で大きく評価されています。今年2022年の5月に行われた第61回アヌシー国際アニメーション映画祭の長編コントルシャン部門でクリスタル(最高賞)を受賞。さらにこの9月には第46回オタワ国際アニメーション映画祭の長編部門でグランプリを受賞するなど、既に国内外で8つの賞に輝いています。
『幾多の北』に加え、墨絵のかわいい動物たちが歌に合わせてコミカルに動く山村の監督作『ホッキョクグマすっごくひま』(2021/7分)、山村が若い作家たちをプロデュースしたオープラクシノスコープ製作の『骨嚙み』(矢野ほなみ監督/2021/10分)と、『ミニミニポッケの大きな庭で』(幸 洋子監督/2022/7分)の、三つの新作短編も同時上映します。
 これら3作品も既に国内外の映画祭で多くの受賞を果たしており、全四作品を合わせるとトータルの受賞数は実に50にも及びます。今回の上映は、山村浩二の現在に加え、彼の下で育った新しい才能までも一望できるショーケースであり、現在日本の「作家によるアニメーション」の「極北」を体験出来る絶好の機会とも言えるでしょう。

公式サイト »


★ロバート キャンベル(日本文学研究者)

 乾いた風がゆっくり吹きわたるような北の大地をまどろみにも似た気分で見つめていました。2つの大地の異なる引力に引っ張られながら、住人たちは毎日毎日スプールに巻かれた糸で記憶のかけらを縫い合わせていきました。液体が一滴もこぼれないよう、注意深く、布袋を縫ってゆくのですが、果てしない作業でもあり、先が見えません。先が見えない不安と、先が決定している憂鬱とが、美しい旋律の間を交差するように、北の景色を渡って、わたくしを運んでくれました。

 労働は悲しいものか。人生で語られないことは幾つくらいあるのか。世界のシステムと、我が身に残るわずかな歳月とが稀有な、際どくも美しいバランスの上で、一本の糸で繋がれていました。目覚めた後、何かが変わりました。

★円香(現代魔女・VRアーティスト)

知らない誰かの記憶、なんだか知ってるかもしれない肌触り、お気に入りのムード、私でない誰かの夢が私に混ざってくる瞬間。言葉や線や色がくっついたり離れたり、あなたも思わず踊り出す幻影のリズム。嘆きと悦びの狭間に飛び込む、イカれた世界を踊りきるためのアニメーション。


★︎杉本英輝(彫刻家)

「どう観ていいか解らないよ」 「いや、何も考えなくっていいんだよ」 二十数年前、山村浩二の新作を観た時に、彼と交わした会話です。 当時、山村のこの言葉が、謎かけか禅問答に聞こえました。 山村作品かなり初期の、四角い物体が坂道を転げ落ちる様な、何処か武骨な動きに魅力を感じていたので、新作のスムーズな動きに当時は頭が追い付かず、キツネにつままれれたような気分になってしまったのです。 さて今回は、そのキツネがどこまで化かしてくれるのか?「『幾多の北』と三つの短編」は、かつて山村が言った「何も考えなくていい」状態になれるのか?四遍の作品に繋がりはあるのか?そんな事を考えて鑑賞を始めました。


『ミニミニポッケの大きな庭で』は「テクノ浪曲」ともいえる語りによって物語が進行します。緻密に制作されたサウンド・プロダクションと画と言葉のせめぎ合いは「主語を欠いたような心地良い不安定感」を与えてくれます。個人的には、フランク・ザッパやレジデンツの、物語性の強い部分を高速回転させたようにも感じました。
一転して『ホッキョクグマすっごくひま』はモノトーンの線画で視界が移動します。しりとり遊び?と思いきや、そうではなく、微妙にズラした言葉遊び。山村にとっては言葉や文字も形があって動くもの——本来の意味でのアニメーションなのでしょう。




『骨噛み』では点と色とが絡み合い、僅か10分の間で濃密な物語が展開します。記憶とは常に宙ぶらりんで、不合理で、辻褄が合わないもの。ノスタルジーとは線でなく、点によって喚起するのだと気付かされました。
『幾多の北』は、北はおろか上下左右も解らない、うす紫色と燻んだ水色の不条理な世界。カフカ的というよりも、もはや山村浩二的としか名づけようのない断片のような生物。「流刑地にて」を思わせる意味不明な労働。それらがボレロや戦前のブルース、或いは軍歌にも聴こえるような音楽に合わせて蠢きます。境界線の不明瞭な世界で、全てが線に操られ、糸に操られて。山村自身も音に操られ、画に操られて「『時間』という名の音楽」を演奏します。


今回の「『幾多の北』と三つの短編」は、山村はアニメーション作家を超えて、映像のコンダクターでありプレーヤーでもある、との印象を強く受けました。山村の指揮棒からは線が伸び、四遍の作品を糸で繋ぎます。それにより線と点と色と言葉が動き出し、製作者も観客も映像に包まれ「歌うつもりのない歌」を歌っています——これが、二十数年前に山村浩二が「何も考えなくていい」と言った、謎かけの答えだと思っています。



★古川日出男(小説家)

山村浩二は手でさわれる不安を『幾多の北』のなかで描いている。言うなればそれは「単純な物語には回収されない不安(あるいは不穏)」の映像化だ。けれども不安とはそもそも物語が欠損することを指すのではないだろうか? この上映プロジェクト「『幾多の北』と三つの短編」は四つのアニメーション作品を体験するはずなのに、軽く四十の体験には分裂する。色彩もそれから言葉も天然極まりない『ミニミニポッケの大きな庭で』や、墨絵の北極(北)のループたる『ホッキョクグマすっごくひま』の爽快なユーモアや、記憶とは点描であると悟らせるに近い『骨嚙み』の哀切さを経て、イマジネーションのその北極圏に、私たちは彷徨する。私たちは旅する。


★ミヤザキタケル(映画アドバイザー)

観る者の心を駆り立て掻き乱す音楽に、観る者の琴線に触れるテキスト群、そして、観る者の想像力を大いに刺激する陰鬱とした心象風景。それらがひとつとなったアニメーションに身を委ねていく中で、何を感じ何を見出すかは人それぞれだが、まるで自分という人間の器を試されているかのような感覚に陥った。その奇妙な旅路を通して、あらゆる無念や後悔、社会への憤りや自身の無力さに打ちひしがれる反面、根源的な生へと立ち返り、この現実と対峙していくために必要な可能性の在処を希求せずにはいられなくなった。『幾多の北』、必見です。


★吉開菜央(映像作家/振り付け師・ダンサー)

わたしは幸さんがインスタグラムにアップしている絵日記の密かなファンだった。日常の何をつまみ出すか、彼女のアンテナは抜群に個性的ですごく面白い。その絵日記がこの度アニメーション作品になったと聞いてどのように動き出すのだろうとワクワクしていたらオープニングのタイトルコール「ミニミニポッケの大きな庭で」が阿鼻叫喚していてびっくり仰天した。これは一体なんだろうと驚き、でもニヤニヤしながらその未知なる映像に波長を合わせることができはじめると、段々身体が理解してきた。これは幸さんが、日々、絵日記につまみ出した些末だけれど愛おかしい、等身大の一大事が、ものすごい速さと密度で煎じ詰められているのだと。宇宙の大いなる星々の時間感覚からすれば、人の一生なんてこんな感じなのかもしれない。けれども幸さんは宇宙のピンポイントで地に足つけて猛烈に瞬いている!これからも!その生き方が美しくて変態で元気が出る!


★Sho Akira(映画プログラマー)

紙の白、トレースボードの白、スクリーンの白。 それぞれの作家がそれぞれの深い部分を私に見せてくれている。 社会の闇。記憶の底。脳みその真ん中ら辺。 幸さんと矢野さんの波のような動きも山村さんの微かな動きもどちらもダイナミックで間違いなく鑑賞者の疲れた感覚をわさわさと刺激してくれる。 大画面を意識したこのスケールが、作家たちの机で生まれたなんて信じられない!


『幾多の北』と三つの短編 | 予告編

幾多の北

山村浩二作品
長編アニメーション映画 | 完成:2021.08 | ワールドプレミア:2021.11.06 | 日・仏 | 64分 | 1.85:1、16:9 | 5.1ch、ステレオ | セリフなし | 字幕:日本語、英語、仏語
長編アニメーション・グランプリ:オタワ国際アニメーション映画祭
長編コントルシャン部門クリスタル賞:第61回アヌシー国際アニメーション映画祭
最優秀長編アニメーション作品賞:第13回ソフィア国際アニメーション映画祭 - ゴールデン・クーカー・ソフィア
審査員賞:第24回富川国際アニメーション映画祭
長編部門審査員特別賞:第8回新千歳空港国際アニメーション映画祭
優秀賞:第25回文化庁メディア芸術祭
スペシャルメンション:第46回ザグレブ国際アニメーション映画祭・アニマフェスト

京都観客賞:第36回イメージ・フォーラムフェスティバル

公式セレクション:第25回ブラックナイト映画祭
第44回モスクワ国際映画祭
第55回シッチェス国際映画祭 他


Dozens of Norths

A Film by Yamamura Koji
Feature animation | Completion date: August 2021 | World Premire: 6th November 2021 | Japan, France | 64'00" | 1.85:1, 16:9 | 5.1ch, Stereo | No dialogue | Subtitles: Japanese, English, French
Grand Prize for Feature Animation: 46th Ottawa International Animation Festival
Contrechamp Crystal Award: 61st Annecy International Animation Film Festival
Best Feature Animated Film Award: 13rd International Animation Film Festival - Golden Kuker Sofia
Jury Prize: 24th Bucheon International Animation Festival
Special Jury Award for the Feature Films: 8th New Chitose Airport International Animation Festival
Excellence Award: 25th Japan Media Arts Festival
Special Mansion: 46th World Festival of Animated Film - Animafest Zagreb
Audience Award in Kyoto: 36th Image Forum Festival, Japan, 2022.10
Official Selection: 25th Black Nights Film Festival
44th Moscow International Film Festival
55th SITGES IFFFC, etc.


予告編 | Trailer

| Trailer@Vimeo | 2KTrailer@YouTube | 4KTrailer@YouTube |


『幾多の北』と三つの短編

3/18(土)~24(金)
川崎市アートセンター


March 18-24
Kawasaki ART Center

『幾多の北』と三つの短編

3/10(金)〜16(木)16:50
広島
横川シネマ


March 10 -16 16:50
Hiroshima
Yokokawa Cinema

『幾多の北』と三つの短編

3/3(金)
福岡
KBCシネマ
March 3
Fukuoka
KBC Cinema

『幾多の北』と三つの短編

2/11(土)~17(金) 18:20~
初日トークショー:山村浩二x幸 洋子
名古屋シネマテーク
February 11 -17 pm 6:20-,
First day talk show: Koji Yamamura x Yuki Yoko
Ngoya Cinémathèque

『幾多の北』と三つの短編

池袋・新文芸坐
全日満員御礼!
1/27 トークショー:山村浩二×幸洋子×矢野ほなみ
1/28 トークショー:ピーター・バラカン(ブロードキャスター)×山村浩二
1/29 トークショー:中条省平(学習院大学教授)×山村浩二
"Dozens of Norths" and 3 Short Films
at Shin-Bungei-Za in Ikebukuro.
Full house all day!

1/27 YukinYoko x Yano Honami x Yamamura Koji
1/28 Peter Barakan x Yamamura Koji
1/29 Chujo Shohei x Yamamura Koji

Etiuda & Anima

第29回エチューダ&アニマ国際映画祭
クラクフ、ポーランド、2022.11.29-12.04
公式セレクション


29th International Film Festival Etiuda & Anima
Krakow, Poland, 2022.11.29-12.04
Official Selection

Animateka

第19回アニマテカ国際アニメーション映画祭
スロヴェニア、2022.11.28-12.04
公式セレクション


19th Animateka International Animated Film Festival
Slovenia, 2022.11.28-12.04
Official Selection

Anilogue

第20回アニローグ国際アニメーションフェスティバル
ブダペスト、2022.11.23-27
公式セレクション:長編コンペティション
ハンガリープレミア


20th Anilogue International Animation Festival
Budapest, Hungary, 2022.11.23-27
Official Selection: feature film competition
Hungarian Premiere

IFFI Goa

第53回インド国際映画祭2022 - IFFIゴア
インド、2022.11.20-28
公式セレクション
インドプレミア 、INOX Porvorim Audi 3


53rd International Film Festival of India 2022 - IFFI Goa
India, 2022.11.20-28
Official Selection
India Premiere, INOX Porvorim Audi 3

Nightmare

第20回ラヴェンナ・ナイトメア映画祭
イタリア、ラヴェンナ、2022.11.11-.18
公式セレクション


20th Ravenna Nightmare Film Festival
Italy, 2022.11.11-18
Official Selection

十月日本祭

第20回十月日本祭
イタリア、ラヴェンナ、2022.11.18
公式セレクション


20th Ottobre Giapponese
Italy, 2022.11.18
Official Selection

CINANIMA

第46回シナニマ - 国際アニメーション映画祭
ポルトガル、2022.11.07-13
長編作品国際コンペティション
公式セレクション


46th CINANIMA - International Animated Film Festival
Portugal, 2022.11.07-13
International Competition Feature Films
Official Selection

Big Cartoon

第16回ビッグカートゥーンフェスティバル
ロシア、モスクワ、2022.10.27-11.07
公式セレクション


16th Big Cartoon Festival
Russian, Moscow, 2022.10.27-11.07
Official Selection

BIAF

第24回富川国際アニメーション映画祭
韓国、富川、2022.10.21-25
公式セレクション:国際コンペティション:審査員賞
韓国プレミア


24th Bucheon International Animation Festival
Korea, Bucheon, 2022.10.21-25
Official Selection: Feature Competition at BIAF2022: Jury Prize
South Korean Premiere

Cairo

第13回カイロ国際アニメーションフォーラム
エジプト、2022.10.17-22
長編アニメーションコンペティション公式セレクション
エジプト・プレミア


13th Cairo International Animation Forum
Egypt, 2022.10.17-22
Feature Animation Films Competition Official Selection
Egypt Premiere

Japanese Film

第39回日本映画祭 2022
2022.10.07-31、シンガポール
公式セレクション
シンガポール・プレミア


39th Japanese Film Festival 2022
2022.10.07-31, Singapore
Official Selection
Singapore Premiere

InDPanda

第17回InDPanda国際映画祭
中国、香港、2022.10.06-11.05
公式セレクション


17th InDPanda International Film Festival
China, Hong Kong, 2022.10.06-11.05
Official Selection

BAB

第32回ブラティスラヴァ・アニメーション・ビエンナーレ
スロバキア、2022.10.03-09
公式セレクション
スロバキアプレミア


32nd Biennial of Animation Bratislava
Slovakia, 2022.10.03-09
Official Selection
Slovakia Premiere

SITGES

第55回シッチェス国際映画祭
2022.10.06-16、スペイン
Anima't部門コンペティション
スペイン・プレミア


55th SITGES International Fantastic Film Festival of Catalonia
2022.10.06-16, Spain
Anima't section competition
Spanish Premiere

Electric Shadows

第2回エレクトリック・シャドウズ・アジア映画祭
ベルギー、2022.09.29-10.02
公式セレクション
ベルギープレミア


2nd Electric Shadows Asian Film Festival
Belgium, 2022.09.29-10.02
Official Selection
Belgium Premiere

Sardinia

第17回サルデーニャ映画祭
イタリア、2022.09.27-10.02
コンペティション公式セレクション


17th Sardinia Film Festival
Italy, 2022.09.27-10.02
Official Selection

CAMERA JAPAN

第16回カメラジャパン・フェスティバル
オランダ、ロッテルダム: 2022.09.22-25、アムステルダム:2022.09.29-10.02
公式セレクション


16th CAMERA JAPAN Festival
Holland, Rotterdam: 2022.09.22-2, Amsterdam: 2022.09.29-10.02
Official Selection

臺中

第8回台中国際アニメーション映画祭
台湾、台中、2022.09.23-28
オープニングフィルム『幾多の北』
台湾プレミア
公式セレクション


8th Taichung International Animation Festival
Taiwan, Taichung, 2022.09.23-28
Opening Film “Dozens of Norths”
Taiwan Premiere
Official Selection

Ottawa


第46回オタワ国際アニメーション映画祭

長編アニメーション・グランプリ
2022.09.21-25、カナダ、オタワ
長編映画部門 公式セレクション


46h Ottawa International Animation Festival
Grand Prize for Feature Animation
2022.09.21-25, Canada, Ottawa
Feature Film Competition Official Selection

Image Forum

第36回イメージ・フォーラムフェスティバル
東京:2022.09.16-25、シアター・イメージフォーラム、スパイラルホール、SHIBUYA SKY
京都:10.07-13、京都みなみ会館
名古屋:11.25-27、愛知芸術文化センター
東アジア・エクスペリメンタル・コンペティション: 京都会場観客賞


36th Image Forum Festival
Tokyo: 2022.09.16-25, Theater Image Forum, Spiral Hall, SHIBUYA SKY
Kyoto: 10.07-13, Kyoto Minami Kaikan
Nagoya: 1.25-27, Aichi Arts Center
East Asian Experimental Competition
Feature Films Competition Official Selection: Audience Award in Kyoto

Japan Media Arts Festival


第25回文化庁メディア芸術祭

アニメーション部門 優秀賞
第25回受賞作展 Exhibition:2022.09.16-26、日本科学未来館(東京・お台場)
09.17 13:30- 16:00(『The Fourth Wall』+『幾多の北』)、池袋HUMAXシネマズ シネマ④
09.22-26 16:45-18:06 ※5日間上映、CINEMA Chupki TABATA
» アニメーション部門大賞『The Fourth Wall』優秀賞『幾多の北』トークセッション


25th Japan Media Arts Festival
Excellence Award: Animation Division
Exhibition 16-26 September 2022, Miraikan - The National Museum of Emerging Science and Innovation(Odaiba, Tokyo)
17 September 13:30-16:00 ("The Fourth Wall" + "Dozens of Norths"), Ikebukuro HUMAX Cinemas CINEMA ④
22-26 September 16:45-18:06* 5-day screening, CINEMA Chupki TABATA
» "The Fourth Wall" Grand Prize in Animation Division, "Ikuta no Kita" Excellence Award, Talk Session

Tecnica Mista

ミックスド・テクニック・フェスティバル
2022.09.15、イタリア
公式セレクション


Festival Tecnica Mista
2022.09.15, Italy
Official Selection

FANTOCHE

第20回ファントーシュ国際アニメーション映画祭 
2022.09.06-11、スイス
スイスプレミア
公式セレクション


20th FANTOCHE International Animation Film Festival 
2022.09.06-11, Switzerland
Switzerland Premiere
Official Selection

Varna

第18回ヴァルナ世界アニメーション映画祭
2022.09.07-11、ブルガリア
ブルガリアプレミア
公式セレクション


18th World Festival of Animated Film, Varna 2022
7-11th September in Bulgaria
Bulgarian Premier
Official Selection

CELLUDROID

第13回セルロイド 映画祭 
2022.09.02-11、南アフリカ、ケープタウン
南アフリカプレミア
公式セレクション


13th CELLUDROID film festival
2022.09.02-11, Cape Town, South Africa
South African premiere
Official Selection

Moscow

第44回モスクワ国際映画祭
2022.08.26-09.02、ロシア
ロシアプレミア
公式セレクション


44th Moscow International Film Festival
2022.08.26-09.02, Russia
Russian Premiere
Official Selection

Imaginaria

第20回イマジナリア
2022.08.22-27、イタリア、コンヴェルサノ
長編部門 公式セレクション


20th Imaginaria
2022.08.22-27, Italy, Conversano
Feature Films Competition Official Selection

HAS

第1回ひろしまアニメーションシーズン2022
2022.08.19 12:35- JMSアステールプラザ 大ホール、広島、日本
公式上映


1st Hiroshima Animation Season 2022
2022.08.19 12:35- JMS Aster Plaza Grand Hall, Hiroshima, Japan
Official Screening

北京

第12回北京国際映画祭
2022.08.16-18、中国
中国プレミア
公式セレクション


12th Beijing International Film Festival
2022.08.16-18, China
Chinese Premiere
Official Selection

Flickers

第40回フリッカーズ・ロードアイランド国際映画祭 2022
アメリカ、2022.08.08-14
アメリカプレミア
公式セレクション


40th Flickers’ Rhode Island International Film Festival 2022
US, 2022.08.08-14
US Premiere
Official Selection

Anibar

第12回アニバー国際アニメーション映画祭
2022.07.11-17、コソボ、ペヤ
コソボプレミア
長編部門 公式セレクション


12th Anibar International Animation Festival
2022.07.11-17, Kosovo, Peja
Kosovo Premiere
Feature Films Competition Official Selection

Animator

第13回アニメーター:国際アニメーション映画祭
2022.07.08-15、ポーランド、ポズナン
ポーリッシプレミア
長編部門 公式セレクション


13th Animator: International Animated Film Festival
2022.07.08-15, Poland, Poznan
Polish Premiere
Feature Films Competition Official Selection

Annecy


第61回アヌシー国際アニメーション映画祭

2022.06.13-18、フランス、アヌシー
フレンチプレミア
長編コントルシャン部門クリスタル賞


61st Annecy International Animation Film Festival
2022.06.13-18, France, Annecy
French Premiere
Feature Films Contrechamp Crystal Award

Animafest Zagreb

第46回ザグレブ国際アニメーション映画祭・アニマフェスト
2022.06.13-18、クロアチア、ザグレブ
クロアチアレミア
スペシャルメンション:グランドコンペティション長編映画部門


46th World Festival of Animated Film - Animafest Zagreb
2022.06.13-18, Croatia, Zagreb
Croatian Premier
Special Mansion: Grand Competition - Feature Film

Golden Kuker

第13回ソフィア国際アニメーション映画祭 - ゴールデン・クーカー・ソフィア
2022.05.25-29、ブルガリア、ソフィ
ブルガリアプレミア
長編映画 [45分以上] 公式セレクション:最優秀長編映画 受賞


13rd International Animation Film Festival - Golden Kuker Sofia
Bulgaria, Sofia, 2022.05.25-29
Bulgarian Premier
Feature Film [over 45 min] Official Selection: Best Feature film

Nippon Connection

第22回ニッポン・コネクション日本映画祭
2022.05.24-29、ドイツ、フランクフルト
ドイツプレミア
公式セレクション


22nd Nippon Connection Japanese Film Festival
Germany, Frankfurt, 2022.05.24-29
German Premier
Official Selection

Sommets

第20回アニメーションシネマサミット
2022.05.10-15、カナダ、モントリオール
北米プレミア
公式セレクション


20th Sommets du cinéma d'animation
2022.05.10-15, Canada, Montreal
North American Premiere
Official Selection

Anifilm

第21回アニフィルム国際アニメーション映画祭
2022.05.10-15、チェコ共和国、リベレツ
チェコプレミア
国際長編映画コンペティション 公式セレクション


21st International Animation Film Festival ANIFILM
2022.05.10-15, Czech Republic, Liberec
Czech Premiere
International Competition of Feature Films Official Selection

Fantaspoa

第18回 ファンタスポア - ポルト・アレグレ国際ファンタスティック映画祭
ブラジル、ポルト・アレグレ、2022.04.20-05.01
南米プレミア
ファンタスポア2022長編アニメーション映画コンペティション部門


8th Fantaspoa - International Fantastic Film Festival of Porto Alegre
Brazil, Porto Alegre, 2022.04.20-05.01
South American Premiere
Animated Feature Film Competition of Fantaspoa 2022

MONSTRA


第21回モンストラ・リスボンアニメーション映画祭

2022.03.16-27、ポルトガル、リスボン
ポルトガルプレミア
長編映画コンベンション


21st MONSTRA - Lisbon Animation Festival
16-27 March 2022, Portugal, Lisbon
Portuguese premiere
Feature Film Competition

Mainichi Film Awards

第76回毎日映画コンクール
2021.12、日本
アニメーション映画賞・大藤信郎賞ノミネート


76th Mainichi Film Awards
December 2021, Japan
Nomination for the Animation Film Award and the Ōfuji Noburō Award

FFF

第21回未来映画祭
2021.12.08-12、イタリア、ボローニャ
イタリアプレミア
国際長編アニメーション映画コンベンション・オープニング作品


21st Future Film Festival
8-12 December 2021: Bologna, Italy
Italian premiere
Opening film of International Animated Feature Films competition

PÖFF25


第25回タリン・ブラックナイト映画祭

2021.11.12-28、エストニア、タリン
インターナショナルプレミア
初長編コンペティション公式セレクション


25th Black Nights Film Festival
12-28 November 2021, Estonia, Tallinn
International premiere
First Feature Competition


TIFF

第2回龍野国際映像祭
2021.11.13-28、日本、兵庫
公式招待上映
、クロージング作品


2nd Tatsuno International Film Festival
13-28 November 2021, Japan, Hogo
Official Invitation Screening
, Closing Film

Airport Anifes


第8回新千歳空港国際アニメーション映画祭

2021.11.05-08、日本、北海道
長編コンペティション公式セレクション
ワールドプレミア
長編部門審査員特別賞受賞


8th New Chitose Airport International Animation Festival
5-8 November 2021, Japan, Hokkaido
Feature Film Competition Official Selection
World premiere
Special Jury Award for the Feature Films

SDGs×ARTs

SDGsxARTs展
2021.07.22-08.31
東京藝術大学美術館 本館展示室3・4、東京・上野
「幾多の北」原画+文章5点


SDGsxARTs Exibition
22 July - 31 August 2021
Main Gallery 3, 4 The University Art Museum, Tokyo University of the Arts), Ueno, Tokyo
5 original drawings and text of "Dozens of Norths"

方位磁石無し

2011年の東北大震災を記念して制作された『幾多の北』は、日本の山村浩二監督による初の長編映画。暗示的なノイズ、実験的なジャズ、感傷的なフレーズを伴う64分のアニメーションは、シュールなイメージが緩やかな連想の連鎖で繋ぎ合わされたものだ。

今年で20年目を迎えるアニローグの長編映画のラインナップは、特に優れていました。映画祭2日目には、あまり知られていない日本人監督、山村浩二の作品を選んだ。彼のスタイルは、(確かに均質とは程遠い)アニメの美学から遠く離れることはないだろう。映画祭主催者のタマス・リシュカは、山村を「最も地に足の着いた」日本の映画作家と紹介した。そして実際、演劇的なジャズ音楽、戯画的でグロテスクな人物像、陰鬱で灰褐色の色彩は、彼をヨーロッパ、そしておそらくフランスやアメリカの現代アニメーター(シルヴァン・ショメやビル・プリンプトンなど)に近づけるものである。不安、閉塞感、行き詰まり、憂鬱感などを漂わせながらも、不条理で風刺的なユーモアをもって暗いテーマに取り組む作品だ。特に注目すべきは、2010年に亡くなったデンマークの作曲家ウィレム ブロイカーの作品から選ばれた『幾多の北』の音楽だ。不思議なムードと時折見せる不調和なサウンドトラックは、叙情的でメランコリック、ほとんど静的でゆっくりとした動きの映像とのコントラストが鮮明で、聴く者の内面に特別な緊張感を与えてくれる。
山村の自身のスタジオであるヤマムラアニメーションとフランスのMIYUが共同制作した『幾多の北』は、2万人以上の犠牲者を出した2011年の東北の地震と津波に対する芸術的応答である。(あらすじでは、ここが北の国であるとされているが、実際には方位磁石も出てこない。「北」、より正確には「北方領土」は、場所というよりも、存在や心の状態であると考えるのが妥当かもしれない。カメラは、さまよい、好奇心旺盛なチョークの輪郭の人物を、刺激的で興味をそそるアングルでパンし、映像は常に、短いテキストで区切られた章の境界線のようなカットで分割されている。ヒエロニムス・ボスのキャンバスの隅から隅まで書き込まれたような図形は、精神分析的なアプローチを必要とする。そして終盤になるとズームアウトされ、それまでバラバラだったモチーフが個人的な神話のような文脈の中に置かれ、意味を持つようになる。
この映画を見るのは大変なことなので、本当に熱心なアニメファンの方にお勧めする。ところどころ目を伏せながら画面を眺めていると、静かなギャラリーで、ホール係のおじさんやおばさんと二人きりで、あるいは公園のベンチに座って、味のあるスクラップブックに綴じられて、これらの画像とそれに付随する一言を一つ一つ閲覧してみたいと強く思うようになった。そして、この映画は、100年近く続いている日本の月刊文芸誌「文學界」に2年以上にわたって掲載された、短い文章を伴った別々のイラストを元にしていることが、クレジットで明らかにされる。しかし、映画としてつなぎ合わせると、まとまった物語がないため、私には理解しにくいものだった。絵に添えられた文章は、主語が同じでないことも多く、詩人の言いたいことがだいたいわかったと思ったら、どこからともなく新しい文章が出てきて、理解が崩れてしまうのだ。その意味では知的挑戦ともいえるが、山村監督らしい視野と思考で瞑想するだけなら、1時間の価値はある。
だから、目新しさに飢えている人なら、山村の作品に失望することはないだろう。手始めに、アカデミー賞にノミネートされた、日本の伝統的な落語(一人で語る典型的なコミカルストーリー)を映画化した2002年の短編『頭山』を見ることを薦める。またカフカの小説を原作とした20分ほどのホラー作品『田舎医者』も印象に残る。幸いなことに、これらの曲はYouTubeで簡単に見ることができるので、映画祭で家にいることを後悔するような人はいないはずだ。

Filmtett |
Iránytű nélkül Koji Yamamura: Ikuta no kita / Dozens of Norths / Több tucatnyi Észak | 2022.12.18 | ガラチ・ソフィア | ハンガリー

Without Compass

Dozens of Nords, commemorating the 2011 disaster in Tohoku, is the first feature-length film by Japan's Koji Yamamura. Accompanied by suggestive noises, experimental jazz and sententious phrases, the 64-minute animation is a series of surreal images strung together in a loose chain of associations.

This year's Anilogue feature film line-up, now in its twentieth year, was particularly outstanding. From the second day of the festival, I chose another work by a much lesser-known Japanese director, Koji Yamamura, whose style could not be further from the (certainly far from homogeneous) anime aesthetic. Festival organiser Tamás Liszka introduced Yamamura as the most 'down-to-earth' Japanese filmmaker in the field. And indeed, the theatrical jazz music, the caricaturistic, grotesque figures and the sombre, greyish-brown colours of his films make him more akin to European, and perhaps French or American, contemporary animators (such as Sylvain Chomet or Bill Plympton). His films exude anxiety, a sense of confinement, stuckness and depression, but he also approaches his dark themes with an absurd and satirical sense of humour. Particularly notable is the music of Dozens of Nords, selected from the work of Danish composer Willem Breuker, who died in 2010. The soundtrack, with its strange moods and occasional disharmonies, contrasts sharply with the lyrical, melancholic, almost static, slow-moving visuals, creating a special inner tension in the listener.
Co-produced by Yamamura's own studio, Yamamura Animation, and France's MIYU, Dozens of Dozens of Nords is an artistic response to the 2011 earthquake and tsunami in Tohoku, which killed more than 20,000 people. (Tōhoku means "northeast" in Japanese, referring to the region in the northeast of the island nation's largest island.) The synopsis promises that we are indeed somewhere in the North, but the film does not actually include cardinal points or a compass. One might reasonably suspect that the North, or more precisely 'the Norths', is less a place than a state of being or a state of mind. The whole film is highly associative, dreamlike: the camera pans across its wandering, inquisitive chalk outline figures from exciting, intriguing angles, and the images are constantly broken up by chapter-boundary-like cuts, punctuated by short texts. His scribbled figures seem to have emerged from hidden nooks and crannies of Hieronymus Bosch's canvases, and his symbols demand an almost psychoanalytic approach. Then, by the end of the film, we are zoomed out of the picture, and the hitherto disconnected motifs are placed in a kind of personal mythological context and make sense.
I won't sugarcoat it: watching this film can be a challenging experience, and it is therefore recommended primarily for the truly dedicated fans of animation. While staring at the screen with heavy-lidded eyes in places, I had the feeling that I would very much like to browse through these images and the accompanying one-liners one by one in a quiet gallery, alone with the hall-keeper's aunt or uncle, or bound in a tasteful scrapbook, sitting on a bench in the park. And the credits revealed that the film was indeed based on separate illustrations accompanied by short texts, originally published for more than two years in the monthly Japanese literary magazine Bungakukai, which has been in circulation for almost a century. However, when stitched together as a film, they were difficult for me to understand due to the lack of a coherent narrative. The sentences accompanying the pictures often did not even have the same subject, so that just when I thought I understood roughly what the poet meant, my understanding was shattered by a new sentence that seemed to come out of nowhere. In this sense, the film can be seen as an intellectual challenge, but if you just want to meditate with the typical Yamamura vision and thoughtfulness, it is worth an hour of your life.

So anyone with a thirst for novelty will not be disappointed by Yamamura's work. For starters, perhaps the 2002 adaptation of the traditional Japanese rakugo (a typically comic story told in one person), Mt. Head, a 2002 short film that even received an Academy Award nomination for hitting the threshold of acceptability. But his 20-minute or so horror tale A Country Doctor, based on a Kafka novella, is also a memorable experience. Fortunately, these and many other Yamamura compositions are easily available on YouTube, so no one who might otherwise justifiably regret staying at home during the festival should be put off.

Filmtett | Iránytű nélkül Koji Yamamura: Ikuta no kita / Dozens of Norths / Több tucatnyi Észak | 2022.12.18 | Galaczi Zsófia | Hungary

酔いだけが残る、すり抜けていく世界

日本人の監督は、実験的で形而上学的なサイレント作品を作り、解読不能に近い状態だが、信じられないほど魅力的な作品だ。

アニメーション作品は、映像による単なるストーリーテリングを超えて、純粋なアートへとクロスオーバーすることもある。これは、日本の山村浩二によって書かれ、監督された『幾多の北』の密閉型アニメの場合であり、象徴的なレベルと宇宙の悲観論に満ちたポスト・コンテンポラリーの現実の比喩に私たちを陥れる。
アニメーション映画は、単一の切断されたスキットで進行し、それぞれがシュールなイメージのコレクションを使用して、現代性の側面を探ります。山村浩二の映画は、テーマの接着剤のような根底にあるものがあるとすれば、それ自体の物語の展開がなく、現代の世界と同じように、切断され、問題があり、解釈が難しいため、プロットの概要を説明することは非常に困難だ。これに対話の完全な欠如が追加され、全体がさらに不可解で反物語的になる。
一方、幾多の北の基本的な目標は別のものだ。それは、言葉を失った宇宙を切り開く、残酷な社会的シュールレアリスムのメタファーである。言葉の要素はキャプションに限定される。キャプションは、視覚的な対極をわずかな言葉で説明する、時には冗長な叙事詩であり、それを解読することは一切ありません。それに、存在の深い意味がない次元で、はかないもの、見かけのものに論理的な説明をする理由があるだろうか?
言葉がなくても存在するサウンドコンポーネントは、アクションの背景であり、痛みを伴う知覚を鋭くする。ウィレム・ブロイカーによって作成されたサウンドトラックでは、憂鬱で耳障りなピアノのコードに、一連の刺激的なサウンドが伴う。すすぎ、繰り返されるチャイム、足音、雨、きしみ、そして動物の鳴き声が、宇宙の虚無のほとんど物理的な知覚を反響させ、鋭くする。
次に、幾多の北のイメージ、真の先見の明のある支点がある。北は孤独で無意味な場所だ。その住民は絶え間なく待って、絶望的な生活をおくっている。彼らは、実体のない糸によって人生から永遠にぶら下がっている単一の無意識の罪を犯した個人、または役に立たない仕事で落ち着きなく奮闘している生き物だ。
自分の見えないところに飲み込まれてゆっくりと消えていく生き物もいれば、他の人形遣いに導かれて手を動かす能力を失い、おそらく自分自身の個性を失った人形遣いもいる。このよう にして、グロテスクな幻影が現れる - 彼らの行動と同じくらい無意味だ - そしてポスト現代の人間の悪の逆説的な化身。それらを取り囲むのは、空に吊るされたはしご、檻、動物の死骸、巨大なメガネ、羽ペンなど、象徴的な人物の塊であり、すべての忘却へのモニュメントが繰り返され、映画全体で際限なく再結合される。
比喩的な次元は、その要素の多くでシュルレアリスムの図像、または幻想的なドイツと北欧の中世から引き出されるが、模倣ではない。フレームに浮かぶ提案の中には、巨大なメガネと空に浮かぶシルエットのマグリット風の形而上学的な構成(ゴルコンダのように)、ジョアン・ミロ風の生物形態の実体、切断された頭、手、耳、無頭の体などがある。サルバドール・ダリ、そして最後に、例えば ルーカス・クラナッハのインフェルノや ヒエロニムス・ボスの聖アントニウス の誘惑に言及する悪魔的なレパートリーだ。(デヴィッド)リンチの短編の影響による一定の影響も排除できない。(例えば『Alphabet』)
山村浩二による幾多の北の源泉が何であれ、そのような不吉な幻覚は数回のタップでレンダリングされ、表現主義のグラフィックスは、高畑勲による『かぐや姫の物語』ですでに垣間見られるが、ここでは極端に取られている。幾多の北のシュルレアリスムの構図は、その後、鈍い色あせた色で着色され、そのために人物は、平面的で次元的なフィールドを持つモノクロームの背景と混同される。墨と黄土色の色調が支配的で、白、ピンク、オレンジ、黄色、青のタッチがいくつかあり、これらが組み合わさり、北の男性を苦しめる憂鬱の色のミニマリズムの症状を作り出す。
この鈍い宇宙は、光で照らされることはめったにない。アイデンティティを求めて夜空に浮かび上がったり、独自の大きさの光る穴に消えたりするシルエット、子供の魂の病気を翻訳する光る結石、そして最後に星が虹色の涙として現れる。汚い灰色の空。実際、山村浩二の映画を支配する幻滅の形而上学には光も希望もない。
>幾多の北、要するに、非常に実験的な作品であり、シンボルが非常に密集しているため、ほとんど判読できない。 彼のキャラクターは、フィル・ティペットの『Mad God』に匹敵する統合失調症のニヒリズムの子どもだ。しかし、後者の場合、絶望的で無駄な放浪の中で主人公に続く細い物語の糸がまだあったとしても、山村浩二のアニメーションは、純粋な象徴主義を支持して、あらゆる多様な外聞からほぼ完全に抽象化されている。「酔いだけが残る、すり抜けていく世界」。
Il Cineocchio | Dozens of Norths: la recensione del film d’animazione di Yamamura Koji (Sitges 55) | 2022.10.16 | サブリナ・クリヴェッリ | イタリア

a world that slips away, only intoxication remains.

The Japanese director makes an experimental and metaphysical silent work, bordering on the indecipherable, but incredibly fascinating.

Sometimes animation products go beyond mere storytelling by images and encroach into pure art. Such is the case with Dozens of Norths (Ikuta no kita) a hermetic anime written and directed by Japan's Yamamura Koji that plunges us into a metaphor of post-contemporary reality dense with symbolic layers and cosmic pessimism.
The animated film proceeds by individual disconnected skits, each exploring, with a sylloge of surreal images, aspects of contemporaneity. It is extremely difficult to delineate the plot because, while there is some sort of underlying thematic glue, Yamamura Koji's film has no narrative development of its own, but is disconnected, problematic, and difficult to interpret, just like contemporaneity. Added to this is the total absence of dialogue, which makes the whole even more cryptic and anti-narrative.
The underlying goal of Dozens of Norths on the other hand is another. It is a cruel social surrealist metaphor that opens wide to us a universe mute to speech. The verbal component is limited to captions: sapiential epigrams, at times redundant, describing the visual counterpart with a handful of words, but without decrypting it in any way. Then again, in a dimension where the deep meaning of existence is absent, what reason would there be to provide a logical explanation for the ephemeral, the apparent?
The sound component, then, which exists albeit unencumbered by speech, is background to the actions and heightens the aching perception: in the soundtrack created by Willem Breuker, melancholy and strident piano chords are accompanied by a series of evocative sounds, such as rinses, repeated chimes, footsteps, rain, creaks, and animal cries that echo and sharpen the almost physical perception of a cosmic emptiness.
Then there is the image, the true and visionary centerpiece of Dozens of Norths. The north is a lonely and senseless place. Its inhabitants lead desperate existences, perpetually waiting. They are individuals guilty of a single, unconscious guilt that they will forever serve by hanging on to life by an insubstantial thread, or creatures that toil restlessly in useless tasks.
There are living beings who slowly fade away engulfed by their own invisibility, or puppeteers who, led in turn by other puppeteers lose the ability to move their hands and-probably-their own individuality. Thus grotesque apparitions - as meaningless as their actions - and paradoxical embodiments of the ills of post-contemporary man emerge. Surrounding them are a congeries of symbolic figurations, such as the ladder suspended in the sky, the cage, animal carcasses, giant glasses and feather feathers, all monuments to oblivion repeated and endlessly recombined as the film unfolds.
The result is a figurative but not mimetic dimension that draws from Surrealist iconography, or the German and Nordic fantasy Middle Ages, in many of its elements. Among the suggestions floating through the frame we then find Magritte-like metaphysical compositions of giant glasses and silhouettes floating in the sky (as in Golconda), biomorphic entities à la Joan Miró, or severed heads, hands and ears and headless bodies à la Salvador Dalí, and finally a demonic repertoire that refers - for example - to Lucas Cranach's Hell or Hieronymus Bosch's Temptations of St. Anthony. A certain influence of (David) Lynch's short. ("Alphabet", for example) cannot also be excluded.
Yamamura Koji's Dozens of Norths - 3Whatever the sources, such sinister hallucinations are rendered in a few touches, with an expressionist graphism already glimpsed in Isao Takahata's The Tale of The Princess Kaguya, but here taken to the extreme. Then coloring the surrealist compositions of Dozens of Norths are dull, washed-out colors, so the figures blend into a flat-field, a-dimensional monochrome background. Graphite and ochre tones dominate, with a few touches of white, pink, orange, yellow and blue, all of which combine to create a chromatic minimalism symptomatic of the melancholy that afflicts the men of the Norths.
This dull universe is illuminated only infrequently with luminous superimpositions: silhouettes in search of identity that rise to the night sky or disappear into luminous holes of their own size, luminescent concretions that translate the sickness of a little girl's soul, and finally stars presented as iridescent rips in a dirty gray sky. Indeed, there is no light, no hope in the metaphysics of disillusionment that dominates Yamamura Koji's film.
Dozens of Norths is, in short, an extremely experimental work, so dense with symbols that it becomes almost indecipherable. Its characters are children of a schizophrenic nihilism comparable to Phil Tippett's Mad God (the review). Whereas in the latter, however, there was still a slender narrative thread following the protagonist in his desperate and vain wanderings, Yamamura Koji's anime embraces an almost complete abstraction from all diegetic pretensions in favor of pure symbolism, for ultimately, in "a world that slips away, only intoxication remains."
Il Cineocchio | Dozens of Norths: la recensione del film d’animazione di Yamamura Koji (Sitges 55) | 2022.10.16 | Sabrina Crivelli | Italy

デミウルゴス的現実の反映

... 山村浩二の計り知れないマルチな才能は、日本の大作アニメーションの傘を越えたインディペンデント・シーンの無限の可能性を改めて示しているのです。特に『頭山』やアカデミー賞にノミネートされた『田舎のお医者さん』など、受賞歴のある短編の良さを生かしつつ、夢のような悪夢のフィルターを通した彼なりの「星の王子さま」の侵犯に挑んだ初の長編作品である。
無声映画の遺産は、オープニングの小節からすでに、記憶の断片化に向けて対話の気配を削ぎ落とすインタータイトルの重要性において明らかである。原始的な『メトロポリス』(フリッツ・ラング、1927年)を思わせるモザイクで、実験と抽象化の純粋な運動のおかげで、プラトニックな存在の平面を構成する土地の辺境に旅しているのです。夢は、人間の深層を構成する絶望、苦悩、堕落、利己主義、鬱屈のすべてが凝縮されたデミウルゴス的(職人的)現実の反映であります。
その退廃的で陰鬱な雰囲気は、ヘンリー・フセリやズジスワフ・ベクシンスキーの絵やディズニーの初期の作品を彷彿とさせる。また、ウィレム・ブロイカーの音楽は、彼のイメージに生命と動きを与えることができる素晴らしいものである。
Hikari No Hana - HnH | 第22回ニッポンコネクション前編 | 2022.10.04 | ドイツ

the reflection of demiurgic reality

... The immeasurable multidisciplinary artistic talent of Koji Yamamura once again demonstrates the infinite possibilities of the independent scene, beyond the umbrella of the big Japanese animated productions. His first feature-length foray brings back all the virtues of his most awarded shorts -especially "Mt. Head" and the Oscar-nominated "A Country Doctor"- to the transgression of his own version of "The Little Prince", passed through a dreamlike nightmarish filter.
The inheritance of silent cinema is already evident during the first bars of the film in the importance of its intertitles, stripped of any hint of dialogue towards the fragmentation of memory. A mosaic reminiscent of the primitive "Metropolis" (Fritz Lang, 1927), where, thanks to a pure exercise of experimentation and abstraction, travels to the remoteness of the lands that make up the plane of Platonic existence. Dreams are the reflection of demiurgic reality, where all the despair, agony, corruption, selfishness and depression that make up the deepest layers of the human being are condensed.
The animation is relegated as a mere accompaniment to the sublime illustrations, drawn by the artist, whose creation of decadent and gloomy atmospheres are reminiscent of the pictorial work of Henry Fuseli, Zdzisław Beksiński and the primordial contribution of Disney. In correlation with the above, we must speak of Willem Breuker's brilliant musical compositions, capable of endowing his images with life and movement.
Hikari No Hana - HnH | 22° NIPPON CONNECTION [1ª PARTE] | 2022.09.25 | Germany

「分散状態」

... 『幾多の北』は筋書きに乏しく、本質的には旅であり、アニメーションの実験である。芸術作品として、この映画は深く成功している。物語として、常に着地点を得ているかというと、そうとは言い切れない。達成しようとしていることが的を得ているので、必ずしも不完全ではないものの、多くの人がもっと深みを求めてしまうかもしれない。とはいえ観客に冷たい印象を与えることがこの映画の目標であることは明らかだ。この作品は、不安と混乱した精神状態を、優れた映像表現で表現している。この映画を表現するのに最適な言葉は「分散状態」である。
『幾多の北』は、監督のビジョンを最も印象的な方法で活かそうとしている。視覚的にも印象的な映画で、多くのユニークなイメージやシークエンスがある。その実験的なアニメーションスタイルは、映画の物語面では方向性に欠けるように感じられるものの、決して衝撃的ではない印象だ。(抜粋)
KML keithlovesmovies | OIAF 2022: Dozens of Norths Review | ブレナン・デュベ | 2022.09.25 | カナダ

Scatterbrain

... Dozens of Norths lacks much of a plot, it is essentially a journey and an experimentation in animation. As a work of art, the film profoundly succeeds. As a narrative, it is hard to say if it always sticks the landing. While not necessarily incomplete as it hits the mark at what it is trying to achieve, many may be left yearning for more depth. Regardless, to leave audiences feeling cold is clearly the goal of the film. It delivers one of the better visual depictions of anxiety and a confused state of mind. Scatterbrain is the very best word to describe the film, for it is everything all at once.
Dozens of Norths seeks to utilize the vision of its director in the most impressive way possible. It is visually an impressive film, with many unique images and sequences. Its experimental animation style is never not shockingly impressive, despite feeling like there is a lack of direction in the narrative side of the film.
KML keithlovesmovies | OIAF 2022: Dozens of Norths Review | Brennan Dubé | 2022.09.25 | Canada

感覚の世界とエコシステムを描く

観客の感覚を刺激する映画である。ストーリーテリングな境界線と構造を打ち破り、作中のイメージには一貫した創造的なプロセスがあり、感覚の世界とエコシステムを描くことに成功している。創造性と感覚、詩的な映像のすべてが美しく結びついた作品だ
長編アニメーション部門グランプリ・審査員評 | 第46回オタワ国際アニメーション映画祭 | 2022.09.25 | カナダ

describes a world and an ecosystem of the senses

This film engages the spectator to use their five senses. It breaks the boundaries and structures of storytelling. The imagery used is consistent with the creative process. The author successfully describes a world and an ecosystem of the senses. Everything is beautifully tied together: creativity, the senses, and visual poetry.
Grand Prize for Feature Animation: Jurys' Comment | 46h Ottawa International Animation Festival | 2022.09.25 | Canada

ボッシュ的な夢の解剖学

[…] 山村は、アニメーションが非力であればあるほど、より多くの結果が生まれるという、苦悩の巨大な宇宙的静止フレームを描いているようだ。
[…] 山村は映画の旅において、ボッシュ的な夢の解剖学を我々に提供し、強迫観念的な要素が、1時間強で我々が読むことのできる象徴的な言語を作り出すことができるのだ。
ファントーシュ国際アニメーション映画祭バーデン 2022で上映。
盲目の作家がペンを持ち、母子らしきものに運ばれて風景の中に消えていく。その後、老人とその孫娘が海に向かってさまよい歩いているのが見える。孫娘と、その前に横たわる女性、この2人だけが顔を見せることになる。他は?顔のない死体。あるいは身体の一部が、ワイヤーで大地に縛られ、まるで飛び去るかのように、浮遊し、蒸発するように、世界の最も基本的な力である引力がもはや支配しない世界で。顔もない、中心もない。上も下も、左も右も、北の発想のための自由な宇宙の楽譜の儚い音符となる。
...顔もなければ、中心も
これは、山村浩二のドローイングを探求する上で、考えられる一つの記述の道筋に過ぎない。カメラは私たちのためにゆっくりとドローイングを描き、私たちはどんな細部にも立ち止まり、自分なりの関連付けを行うことができる。『幾多の北』は、フレームに収められない「生きている」絵画でできている。「生きている」というのは、壮大でほとんど静的な絵画の中に散在する生命の衝動をアニメーションが担当しているからである。アニメーションは、ゆっくりとしたカメラの動きに比べて、広大な森の風景の中で震える木の葉のような、小さな局所的な振動のように見える。物や人物の多重力の吊り下げは、しばしば写真のフリーズフレームのように表示され、風景の魅惑的な(あるいは呪われた)不動感を強めている。山村は、アニメーションが非力であればあるほど、より多くの結果が生まれるという、苦悩の巨大な宇宙的静止フレームを描いているように見える。小さなジェスチャーが大きなジェスチャーになる。
...巨大な宇宙のフリーザーフレームを描いているのだ。
シュールレアリスムというよりシャガリアンだが、山村の宇宙は確かに異様であり、しばしば悪夢のようだ。無声映画のように文字による解説で構成され、サウンドトラックの停止とともに、最初の文字が浮かび上がる。「夢の中で労働する人々」夢は単なる無秩序な提案の束ではなく、記憶の労働作業である。可能性や逃避の場であるだけでなく、執着や運命の確認の場でもある。夢は操作されるものでもあり、長いシークエンスが示すように、正体不明の管理者によって操作されるのである。山村は映画の旅の中で、ボッシュ的な夢の解剖学を提示する。そこでは、強迫観念の要素が、1時間強で私たちが読むことができる象徴的な言語を作り出すことができる。少なくとも記憶することはできるだろう。私たちの目の前にあるのは、労作である記憶の作品なのだ。
...ボッシュ的な夢の解剖学。
「遠い記憶の声は、音にならない」。この文章は、「遠い記憶の声は聞こえない」とも読める。このような読み方は、ウィレム・ブロイカーによる力強い管弦楽曲(「夜うつ太鼓/アルトゥロ ウイの興隆」、1983年)と明らかに矛盾する。これは『幾多の北』の中で大きな存在感を示しているが、無声映画の空白--すでに(映像上の)たくさんの語られないテキストによって満たされている--を実際に埋めるものではなく、むしろ映画の沈黙に重なり、それをより強くするものである。この深い沈黙に対して、テキストの豊富さは、どこか煩わしく、あるいは冗長であるように思えてくる。文章は時に詩的であり、時に重く直接的である。この重荷は、私たちが映像を完全に探求するための障害として働くのだ。しかし、この映画はまさに喪失と後悔について描いたものであり、映画が提案する乱暴な連想は、時に詩的で、時にただ失われるだけであることを、私たちは思い起こす必要がある。意味もなく。したがって、この文章のもうひとつの読み方もそうだ。遠い記憶の声は意味を持たず、無感覚であり、音でもない。
...まさに喪失と後悔について。
山村浩二の『幾多の北』は、無意味の蛇行を探求し、人間の苦しみを表現する十分な余地を与え、メランコリーの螺旋に身を委ねられるだけの連想と断絶を与える、素晴らしい招待状である。少なくとも、この言葉を読み、理解し、感じ、楽しむことができるくらいには、このメランコリーを自分自身で探求し、その中に深く入っていこうという誘いなのだ。「この憂鬱はささやかな抵抗か」
FILMEXPLORER | 文:ジュゼッペ・ディ・サルバトーレ | 初出: 2022.09.10 | スイス

a Boschian anatomy of dreams

[…] Yamamura seems to paint a gigantic cosmic freezeframe of suffering, where the more impotent the animation is, the more emergent will be result.
[…] In his filmic journey Yamamura offers up to us a Boschian anatomy of dreams, where the obsessive elements are able to create an iconic language that, in a little over one hour, we will be able to read.
Screenings at Fantoche Festival Baden 2022 
A blinded writer holds a pen that walks away into the landscape, carried by what appears a mother and a child. Later we see an old man and his granddaughter wandering up to the sea. The granddaughter, and before her a woman lying, will be the only two persons to show their faces. For the rest? Faceless bodies. Or parts of the bodies, bound to the earth through wires, as if they could fly away, float, evaporate, in a world where the most basic force of the world, the gravitational pull, does not rule anymore. No faces, no centre. Up and down, left and right become ephemeral notes of a free cosmic score for some ideas of North.
…no faces, no centre.
This is only one possible path of description in exploring Koji Yamamura’s drawings. The camera slowly explores them for us, so slowly that we can pause on any details, and make our own associations. Dozens of Norths is made of unframed tableaux vivants, “vivants” insofar as the animation is in charge of the scattered impulses of life within the majestic and mostly static tableaux. The animations appear as little, local vibrations – quivering leaves in a vast forest landscape – in comparison with the slow camera movement. The multi-gravitational suspensions of objects and figures, often displayed as if they were photographic freezeframes, reinforce the sense of enchanted (or cursed) immobility of the landscape. Yamamura seems to paint a gigantic cosmic freezeframe of suffering, where the more impotent the animation is, the more emergent will be result. Little gestures become grand gestures.
…painting a gigantic cosmic freezeframe.
More Chagallian than surrealist, Yamamura’s cosmos is certainly oneiric, often nightmarish. Structured through textual commentaries, as in silent movies, the first written words that come together with a suspension of the sound track are: «People that work in dreams». Dreams are not just a disorganised bunch of suggestions but the labouring work of memory. They are not only the place for possibilities and escapes but also the confirmation of obsessions and destiny. They are even manipulated, the dreams – as a long sequence illustrates – manipulated by an unknown manager. In his filmic journey Yamamura offers up to us a Boschian anatomy of dreams, where the obsessive elements are able to create an iconic language that, in a little over one hour, we will be able to read. Or at least to remember. We have ourselves a labouring work of memory in front of us.
…a Boschian anatomy of dreams.
«The voice of a distant memory is not sound». This (translated) text can be read as: the voice of a distant memory makes no sound. Such a reading is clearly contradicted by the powerful orchestral music by Willem Breuker (“Drums in the Night / The Resistible Rise of Arturo Ui”, 1983). This is a loud presence in Dozens of Norths, but which does not really fill the void of a silent movie – already fulfilled by plenty of unspoken texts (on the images) – and rather superposes on the silence of the movie, making it stronger. With regards to this deep silence, the textual abundance comes to be somehow annoying, or redundant. The sentence are sometimes poetic, sometimes heavily direct: a burden that works as an obstacle for our full exploration of the image. However, we should be reminded that this film is precisely about loss and regret, and the wild associations that the film proposes will sometimes be poetic, sometimes just lost. Without meaning. Therefore so is the other way to read the sentence: the voice of a distant memory is not meaningful, is senseless, is not sound.
…precisely about loss and regret.
Koji Yamamura’s Dozens of Norths is a wonderful invitation to explore the meanders of meaninglessness, letting the suffering of the human people have enough room to be expressed, giving us enough associations and disconnections to be able to abandon ourselves to the spiral of melancholy. It is an invitation to explore this melancholy by ourselves and go deeper into it, at least so far as to be able to read, to understand, to feel, even to enjoy these words: «Is this melancholy some kind of resistance?»
FILMEXPLORER | Text: Giuseppe Di Salvatore | 10 September, 2022 | Switzerland

別の意味でインタラクティブな映画

日本の小さな北は日本の北であるだけでなく、一人の福島人の経験は何千人もの人々の縮図です。映画全体が核危機の霧に包まれ、ナレーションでさえ「ある人々の汚い欲望が他の人々の生活を汚染している」と言っている。独特の個人的な作風は意味にあふれて、それは自由で制御されていない夢である。同時に、ダリのシュルレアリスムの絵画から学び、蜘蛛の巣のような長いルーツはどこから来たのか?それは何に接続されているか? ——それは人の夢であり、人類共通の運命であり、地球や宇宙でさえある。なぜなら「あなたの息は今、何億年も前の光のビームから来ているからだ。」監督自己の解説と注釈付きのナレーションの助けを借りて、混沌とした意識の流れの中でいくつかのイメージを把握することができた。解体された感覚はあらゆる場所をさまよっていて、「(システムから)追放された」または「(夢の中で)解放された」と見なすことができる。監督は「もし感覚が操られるなら、私たちは真実に直面することができるのか?」という疑問を投げかけてきた。映画の中で本を書いた「自己」の言葉を借りて、「私の執筆はどれくらいか、あなた達の参加はどれくらいか」、監督は別の意味でインタラクティブな映画を作りあげた。
豆瓣电影 | 中国 | 蛋糕不想说 | 2022.08.15 01:43:01

an interactive film in another sense

The small north of Japan is more than the north of Japan, and what happens to one person in Fukushima is a microcosm of thousands of others. The film is shrouded in the gloom of the nuclear crisis throughout, even as the narrator writes, "The dirty desires of some people have contaminated the lives of others. The film's distinctive personal style, which allows meaning to pour out, corresponds to the unrestricted and uncontrolled nature of dreams, while drawing on Dali's surrealist paintings. And what are they connected to? --It is a person's dream, the common destiny of mankind, the earth and even the universe, because "the breath you take now actually comes from a light a billion years ago". With the aid of the director's narration and annotations, it is possible to grasp some of the imagery in the chaotic stream of consciousness. The dismantled senses wandering around can be seen as either "expelled (by the system)" or "liberated (in the dream)", which leads the director to ask: if the senses can be manipulated, can we still face reality? In the words of "myself" who writes a book in the film, "How much of this is my writing and how much is your participation", the director has achieved an interactive film in another sense.
Douban: Movie | China | 蛋糕不想说 | 15 August 2022 01:43:01

見たら、全然、全然足りない、もっと見たい

推測だと好き。見たら、全然、全然足りない、もっと見たい。このような作品が見られること、このような作品が存在すること、どちらも私に生きる意味と勇気を与えてくれます。
豆瓣电影 | 中国 | 食月谈 | 2022.08.20 00:00:19

I want to see more, not at all, not enough at all

Guess I would like it, and when I saw it, I want to see more, not at all, not enough at all. Being able to see such a work and the fact that such a work can exist, both of which give me part of the meaning and full courage to live on.
Douban: Movie | China | 食月谈 | 20 August 2022 00:00:19

見ることは見ることではなく、触れることは触れることではない

強いストーリーがなく、もともと「パワポを見る」という気分で来たのですが、意外と良くて。「監察医朝顔」などの日本のドラマでも311地震について言及されていますが、まさかアニメーションの監督がこのように心の中で地震と核漏れの表現が完成されるとは期待してなかったです。被害の程度は想像以上に深刻で、そして音楽は本当に素晴らしい。
かたつむり/雲/福島原発/廃水流出/絶望/サードハイ
筆運びによって記憶がねじれて、表は記憶、裏はカタツムリの闇の世界、集団主義やナショナリズムの角笛のような音楽、季節の流れ、描写は断片的である。
人々は自分のノアの方舟の小舟を運び、水の底に沈んだ空の貝殻の中に隠れた。
夢の中で働き、日中に収入を得る。人は以前と同じように働き、夢の経営者の意図を知らず、考えずに仕事を繰り返す。
そのウサギは何ですか?夢の管理者の隠喩ですか?
そして肋骨の上の頭はあの巨大なエネルギーコアになっていて、巨大なイチジクの葉を縫い直し、逆さまのバベルの塔は蟻たちの頭の上にあり、受け入れると受け入れられることを熱望する。
冬だ。
核漏れで病人が死んだり、または死にかけたり、または周りの人が死ぬのを見たり。
去った人は海の底で永遠の平和を楽しんだり。
雲が映画のフィルムを通り抜けて、ブルックの音楽を聞いた後、このように表現したいという欲求が生まれたのだろう。
結局、記憶の筆跡は、すべての世代の日本人と同じ列車に乗って旅をした。
それでも、月や銀河に比べれば、非常に短い一瞬だった。
耳、目、鼻、舌、体、心、色、音、匂い、触覚がなければ、見ることは見ることではなく、触れることは触れることではない。
人生は苦しくて短い、だから今を楽しむ。
豆瓣电影 | 中国 | 双倍抹茶加杏仁 | 2022.08.18 20:44:13

seeing is not seeing and touching is not touching

There was no strong storyline, and I originally came in the mood to "watch PowerPoint," but it was surprisingly good. Japanese dramas such as "Inspector Asagao" have mentioned the 311 earthquake, but I did not expect an animation director to complete the representation of the earthquake and nuclear leak in such a mind-blowing way. The extent of the damage is much more serious than I had imagined, and the music is truly wonderful.
Snail / Clouds / Fukushima Nuclear Plant / Wastewater Spill / Despair / Third High
Memories are twisted by brushstrokes, memories on the front and the dark world of snails on the back, music like a horn of collectivism and nationalism, the flow of seasons, and the descriptions are fragmentary.
People carried their own little Noah's Ark boats and hid in empty shells that sank to the bottom of the water.
They work in dreams and earn their income during the day. One works as before, repeating the work without knowing or thinking about the intentions of the dream manager.
What is that rabbit? Is it a metaphor for the dream manager?
And the head on the ribs is that huge energy core, a giant fig leaf sewn back together, and the upside-down Tower of Babel is above the ants' heads, eager to accept and be accepted.
Winter.
Sick or dying from nuclear leaks, or watching those around you die.
Those who have left enjoy eternal peace at the bottom of the sea.
The desire to express this was probably born after the clouds passed through the film and after hearing Brook's music.
After all, the handwriting of memory traveled on the same train as all generations of Japanese.
Still, it was a very short moment compared to the moon and the galaxy.
Without ears, eyes, nose, tongue, body, mind, color, sound, smell, and touch, seeing is not seeing and touching is not touching.
Life is hard and short, so enjoy the moment.
Douban: Movie | China | 双倍抹茶加杏仁 | 18 August 2022 20:44:13

楽曲のように「組曲」として

...アニメーションを本質的に造形芸術と考える人、従来の意味でのストーリーよりも美学に興味がある人には、『幾多の北』は特にお薦めの提案である。だからこそ、映画と絵画や音楽など他の芸術との境界を曖昧にするような実験的な提案に興味を持つ観客には、何よりも魅力的な作品となるはずです。むしろ、楽曲のように「組曲」として分析したほうが、より理解されるかもしれない。(抜粋)
2021年:『幾多の北』| 大人向けアニメーション | レイ・ラグーナ | 2022 | スペイン
...Dozens of Norths es una propuesta especialmente recomendable para quienes conciban la animación como un arte esencialmente plástico, para quienes se fijen más en la estética que en la historia en el sentido convencional del término. Precisamente por eso gustará, sobre todo, a espectadores interesados por propuestas experimentales que difuminan la frontera entre el cine y otras artes como la pintura o la música. De hecho, quizá se valore más si, al estilo de las composiciones musicales así llamadas, se analiza como una suite audiovisual.
2021: Dozens of Norths (Ikuta no kita) | Animación para adultos | Ray Laguna | 2022 | Spain

in the style of the so-called musical compositions

...Dozens of Norths is an especially recommendable proposal for those who conceive animation as an essentially plastic art, for those who are more interested in aesthetics than in history in the conventional sense of the term. Precisely for this reason it will appeal, above all, to viewers interested in experimental proposals that blur the border between cinema and other arts such as painting or music. In fact, perhaps it will be more appreciated if, in the style of the so-called musical compositions, it is analyzed as an audiovisual suite.
2021: Dozens of Norths (Ikuta no kita) | Animation for Adults | Ray Laguna | 2022 | Spain

この映画の動きそのものが不条理

また、日本のスター、山村浩二の初長編映画(といっても1時間の短編)『幾多の北』もスペシャル・メンションを受賞しました。それは、まったくもって魅力的なものだったと言わざるを得ません。まず魅了されたのは、山村の近作とは思えない幻想的で繊細なグラフィックで、シュールで不条理、いや、この映画の動きそのものが不条理であった。…(抜粋)
ビッグ・カートゥーン・フェスティバル・ブログ | ザグレブ・フェスティバル 2022 第1部 受賞者 | ディナ・ゴダー | 2022.07 | ロシア
Еще одно специальное упоминание получил первый полнометражный (впрочем, короткий, всего час времени) фильм японской звезды Koji Yamamura «Dozens of Norths (Ikuta no kita)». И он, надо сказать, производил совершенно завораживающее впечатление. В первую очередь восхищала фантастическая тонкая графика Ямамуры, не очень похожая на его последние картины, одновременно сюрреалистическая и абсурдистская, вернее абсурдистским был само движение фильма. …
Блог Большого фестиваля мультфильмов | Загребский фестиваль 2022 Часть 1 Победители | Дина Годер | июль 2022 | Росси

rather the movement of the film itself was absurd

Another special mention went to Japanese star Koji Yamamura's first feature film (short, though, only an hour of time), Dozens of Norths (Ikuta no kita). And it, it must be said, made an utterly mesmerizing impression. The first thing that fascinated me was Yamamura's fantastic, subtle graphics, not unlike his most recent films, which were both surreal and absurd, or rather the movement of the film itself was absurd. …
Big Cartoon Festival Blog | Zagreb Festival 2022 Part 1 Winners | Dina Goder | July 2022 | Russia

傑出した長編作品

これまで描かれたことのないシュールな意識の流れを描く、傑出した長編作品である。夢と恐怖を見事に描いたキャンバスは、映像と音楽の両方で私たちを不安に陥れる
長編映画部門スペシャルメンション・審査員評 | 第46回ザグレブ国際アニメーション映画祭・アニマフェスト | 2022.06 | クロアチア

a stand-out feature

a stand-out feature portraying surrealist streams of consciousness, never seen before in drawn animation. A masterfully painted canvas of dreams and fears, disturbing us both with visuals and music
Special Mansion Grand Competition Feature Film: Jury comment | 46th World Festival of Animated Film - Animafest Zagreb | June 2022 | Croatia

石化した、あるいは眠っているような風景


石化した、あるいは眠っているような風景に、時に見覚えのある、時にキメラ的な人物が登場し、ミニマルな動き、広大なペン画の上をゆっくりと旅し、無声映画のようなカードだけが言葉を発する、山村浩二の初長編映画である。(抜粋)
"BLINK BLANK # 5" | 映画&シリーズ「想像の虚無の中で」 | ジャック・ケルマボン | 2022.04 | フランス

"Avec ses paysages pétrifiés ou endormis peuplés de figures tantôt reconnaissables, tantôt chimériques, ses mouvements minimalistes, ses lents travellings sur de vastes compositions crayonnées, avec, pour seules paroles, des cartons à la façon du cinéma muet, le premier long métrage de Yamamura Kôji déroute et fascine. "...
"BLINK BLANK # 5" | FILMS & SÉRIES Pléthore de nords Yamamura Kôji "Dans les limbes de l’imaginaire" | Jacques Kermabon | April 2022 | France

With its petrified or sleeping landscapes


"With its petrified or sleeping landscapes populated by figures that are sometimes recognizable, sometimes chimerical, its minimalist movements, its slow travellings on vast pencilled compositions, with, for only words, cartoons in the manner of silent cinema, Yamamura Kôji's first feature film both confuses and fascinates. "...
"BLINK BLANK # 5" | FILMS & SÉRIES Pléthore de nords Yamamura Kôji "Dans les limbes de l’imaginaire" | Jacques Kermabon | April 2022 | France

長編だからこそ到達できたもの

月刊誌『文學界』表紙として連載したイラストを、自らの手でアニメーション映画化。イラストは「長編アニメーションを構想しその一場面を描く」というコンセプトで描かれていたそうで、アニメーション化は必然だった。本作は語り手の羽根ペンを、2人の小人が抱えて歩き出すところから始まる。彼らは語り手に代わって無意識の領域を進む本作の案内人。本作では無意識の領域が、語り手の内面ではなく、「断片」を通じて世界のあり方を示した場所になっている。描かれる「断片」も最初は「風刺」とも思えるほど具体的だが次第に抽象度を増していく。そして一番深いところで世界は「語り手」とも結びついていることが語られる。寂寥感や不穏な空気を感じさせる画面だが、同時にユーモラスでどこか懐かしい雰囲気も漂う。主題のスケールの大きさと、このような表現の厚みは長編だからこそ到達できたものだ。(藤津 亮太)
アニメーション部門 優秀賞・贈賞理由
| 第25回文化庁メディア芸術祭 | 2022.03

could only be achieved in a feature film

Reason for Award: This work originated from the series of illustrations the artist had drawn for the cover of the monthly magazine "Bungaku-Kai", and was produced into an animated film by his own hand.
The illustrations were drawn with the concept of conceiving a feature animation and drawing a scene from it, and animating the art was inevitable. The film begins with two dwarfs walking out carrying the narrator’s quill pen. They guide us through this work, which advances through the realm of the unconscious on behalf of the narrator. The realm of the unconscious is not portrayed as the narrator’s inner world, but as a place showing the state of the world through its fragments. The “fragments” depicted in this work are drawn so specifically that at first, they seem to be satirical, but they gradually become more abstract. And at the deepest level, it is revealed that the world is also connected to the narrator. The screen evokes a sense of desolation and disquiet, but at the same time, it has a humorous and nostalgic atmosphere. The grandness of the theme and the depth of this expression is something that could only be achieved in a feature film. (FUJITSU Ryota)
Animation Division Excellence Award | 25th Japan Media Arts Festival | March 2022

最も大胆なアニメーション作品のひとつ

日本アニメーション界のレジェンドによる待望の初長編作品。
存在の極限と孤立を探求する魅惑的なイメージの塊である「幾多の北」は、日本の伝説的なインディペンデント・アニメーション作家、山村浩二の待望のユニークな初長編作品である。日本の伝統的なアニメを期待してはいけない。何十年もの間、スタジオシステムの外で短編作品を制作し、独自の道を切り開いてきた人だから。驚くべき技術的センスと、印象的で奇抜な映像への優れた眼差しを持つこの作品は、長編コンペティションの中でも特に傑出した一つといえるだろう。
映画は、一連の世界地図で始まる。それらはすべて、暗い夜、厳しい人々、寒い気候で知られる北の周辺を指している。山村監督は、この映画を、つながりのないランダムな断片の連続として表現している。これは、この映画が「無意味」という文字通りの概念を探求していることを考えると、有益な発想だ。不機嫌な時、二日酔いの時、あるいはコーヒーを飲み過ぎた時には、この映画を見ないでください。
意図的に夢を見ているような気分になる。作家が眠りに落ち、2人の小柄な人間が北極圏の探検家のように彼の羽ペンを持って去っていく様子が描かれている。彼らはこの作品のローゼンクランツとギルデンスターンであり、悲しみと堕落の描写においてダンテとカフカの両方からインスピレーションを得たと思われる地獄のような風景の中で私たちを導いてくれます。崖っ縁ちで瀕死の動物に繋がっている男、小さな糸で逆さに吊られて自分の潜在意識に囚われている男、工事現場のような女性の頭、そして意味のない仕事に従事している人々の大群。ダンテの「インフェルノ」のように、私たちが目にする世界は恐ろしいものだが、非常に美しく表現されている。奇抜なデザイン、奇妙なキャラクターのセリフ、リアルな空虚感で賑わう手描きのアニメーションだ。
「不安はゆっくり侵食する」といった格言を含む、小さな詩のようなテキストが画面に周期的に表示される。この映画には台詞がないので、見るのと同じように読むことになり、詩的な無声映画のような雰囲気を醸し出している。また、ビートルズのプロデューサーであるジョージ・マーティンの作品や、ニューオリンズ・ジャズ、雰囲気のあるサウンドデザインなどの要素を取り入れた通作歌曲形式の曲が、この作品を引き立ている。生演奏で披露されることが容易に想像できる。不安になるが、着実に楽しむことがでる。ただ、70分以内であったことが嬉しい。これ以上長くなると、本当に暗い考えが浮かんでくるかもしれない。

本物の実存主義だけでなく、もう一つのメッセージは、資本主義下での存在の疎外感であるように思われる。特に、管理者に会ったことがないにもかかわらず、人々が絶えず仕事をしているという部分だ。私たちが地獄を歩いているのなら、天国もあるはず。あなたの代わりに誰かが人生を楽しんでいるのだから。しかし、通常の意味での解放は訪れず、山村は毎回、物語よりも映像を選ぶ。その結果、これまでに見た中で最も大胆なアニメーション作品のひとつとなり、ピクサー、ハーツフェルド、宮崎などと並ぶにふさわしいアニメーションの世界を旅することができた。
Redmond Bacon | DMovies | Dozens of Norths (Ikuta no Kita) | 22 December 2021

one of the boldest animated features

The long-awaited first feature from a legend of Japanese animation, this trip through the darkest places on earth more than meets expectation.
Afascinating jumble of images exploring the extremity and isolation of existence, Dozens of Norths is the long-awaited and unique first feature from from legendary independent Japanese animator Koji Yamamura. Don’t expect traditional Japanese anime here: this is someone who has been blazing their own path outside of the studio system with short works for decades. Displaying an amazing sense of craft as well as a fine eye for striking, bizarre images, this is easily one of the standout films of the first feature competition.
The film opens on a series of world maps. They all point towards the area around the north pole, known for its dark nights, hardy people and cold weather. Yamamura presents the film as a series of unconnected and random fragments, a useful conceit as the movie explores the literal concept of meaningless. Don’t watch this if you’re in a bad mood, hungover or even drank too much coffee.
It feels purposefully like a dream, showing an author falling asleep and two smaller men walking away with his quill like arctic explorers. These are the Rosencrantz and Guildenstern of the piece, guiding us through a hellish landscape that feels inspired by both Dante and Kafka in its depiction of sadness and depravity. There is a man attached to a dying animal lingering on the edge of a cliff; a man suspended upside-down by a tiny thread, trapped by his own subconscious; a women’s head that’s also a construction site; and hordes of people engaged in tasks with no meaning at all. And like Dante’s Inferno, the world we see is horrific, but is is presented with great beauty; hand-drawn animation that is busy with off-kilter design, oddball character lines and a a real sense of the void.
Text periodically appears on the screen like small poems, featuring aphorisms like “anxiety erodes you”. With no dialogue in the film, you read it as much as you watch it, creating a poetic, silent movie feel. This is complemented by the through-composed music, which has elements of Beatles producer George Martin’s work, as well as New Orleans jazz and atmospheric sound design. You could easily imagine this work presented with a live performance. It all makes for an unsettling experience, but a steadily enjoyable one nonetheless. I’m just glad it was under 70 minutes. Any longer and the really dark thoughts might have come my way.
As well as genuine existentialism, the other message seems to be the alienation of existence under capitalism, especially the part where people are working constantly on a task despite never having met the manager. If we are walking through hell, then that presumes there is also a heaven; someone else having the time of their life at your expense. But release in a conventional sense doesn’t arrive, Yamumura opting for image over narrative every time. The result is one of the boldest animated features I’ve seen in a while, a journey through an animation world worthy of inclusion alongside the likes of Pixar, Hertzfeld and Miyazaki.
Redmond Bacon | DMovies | Dozens of Norths (Ikuta no Kita) | 22 December 2021

潜在意識の領域へ外に向かって冒険

山村浩二は、「そこで出会った人々」が住む、悪夢のような、複雑で抽象的な手描きの「北の大地」を作り上げ、11月のPÖFFの初長編コンペでプレミア上映された。2003年に短編『頭山』でアカデミー賞にノミネートされ、数々の重要な賞を受賞してきた長年のアーテイストである山村の作品を「デビュー作」と呼ぶのは不思議だが、『幾多の北』は64分という「大人のサイズ」ゆえにそう呼ばれているのだろう。
山村は、2012年から2014年にかけて月刊文芸誌「文學界」に掲載した自身のイラストと文章をもとに、映画を制作した。人生の意味の探求、人々の苦しみや恐れ、野心、精神性とのつながり、あるいはその欠如を扱った脚本に、個々のイラストを中心に物語を書き、パズルのように組み立てていった。
北極周辺の広大な地域を示す世界地図をいくつも提示した後、この日本のアニメーターは、自分の記憶が断片的で無意味であることを警告している。これは、彼が潜在意識の領域へ外に向かって冒険していることを率直に示すもので、ウィレム・ブロイカーの『Drums in The Night/ The Resistible Rise of Arturo Ui』から選んだ、この映画のためだけに作曲したかのような不気味なサウンドが添えられている。もちろん、ブロイカーは2010年に亡くなり、レコードは1983年から世に出ているので、そうではありませんが、アニメーションと音楽の驚くべき調和は、これ以外の共生を想像させることはないでしょう。『幾多の北』は無声映画の精神で進み、ブロイカーの曲がなくなると、笠松広司による完璧なサウンドデザインが引き継ぎ、冷たい風の音、錆びた機械、砕ける波の音が、深い空白と孤独の感覚に拍車をかける。
『幾多の北』の記録者は、おそらく山村自身だろう。過労のため二人の小さな登場人物に筆を奪われ、幾多の北への探検でそれをある種の遺物として使用したのだ。彼らは厳しい気象条件に耐え、ある時は満杯のグラスの縁に足をぶらぶらさせながら(書れた)物語を語っている。字幕には、「失ったフレーズを探す旅」と書かれているが、これはこの映画が実は作家の創作意欲の欠如を描いたものであることを示す最も明確な証拠の一つであろう。「過去と未来 どちらも変更不可なのか」
"ここ "と "あそこ "が想像力によってつながり、暗く不穏なイメージが、しばしば繰り返される。人間とは似ても似つかない「人」が、人間と同じような活動に没頭し、一見無意味な作業で社会に貢献し、ある種の論理に従いながら、他の想像上の地球にとっては謎のままなのだ。
物語には名のない蟲も登場する。これはありがたいことにコロナを示唆するものではない。基本的には「人々を苦しめたいと願う誰かの戯言」であり、一見シンプルな言葉で定式化されたその象徴性は、意味を孕んでいる。実際に『幾多の北』で人はデタラメに死んでいくのだが、その前に蟲に「光らされる」。
この映画には、まるで夢のように明確なプロットがない。あるのは、山村の巧みな手腕で細部まで表現された、不思議な雰囲気だ。アニメーションに対する情熱と集中力が必要なため、万人受けはしないが、珠玉の作品である。
Marina D. Richter | Asian Movie Pules | Film Review: Dozens of Norths (2021) by Koji Yamamura | 22 December 2021


his outwardly venture into the domain of the subconscious

Koji Yamamura has created a nightmarish, cubersome abstract hand-drawn world of “norths” populated by “people he met there” in his so far longest animation which premiered in the First Feature competition of PÖFF back in November. It is strange to be calling a film by Yamamura, a long-standing arthouse animation artist who was nominated for the Academy Award in 2003 for his short “Mount Head”, and who has amassed a number of important awards in his fruitfull career, a ‘debut’, and yet that’s what “Dozens of Norths” is called due to its ‘adult size’ 64 minutes of runtime.
Yamamura crafted a film based on his own illustrations and texts published in the monthly literary magazine “Bungaku-Kai” between 2012-2014. He had built the narrative around the 32 issues of the magazine, writing stories around the individual illustrations to puzzle them together in a script that deals with the search for the meaning of life, people’s suffering and fears, their ambitions and connection to spirituality or the lack of it.
After presenting a number of world maps that show the vast area around the North Pole, the Japanese animator warns us about his memories being fragmented and senseless, mixed and impossible to distinguish between. This is an honest introduction to his outwardly venture into the domain of the subconscious, accompanied by the eerie sound of Willem Breuker’s selected compositions from “Drums in The Night/ The Resistible Rise of Arturo Ui” which feel like being exclusively composed for the film. This is of course not the case, since Breuker died in 2010 and the record is out in the world since 1983, but the incredible harmony between the animation and the music will make it impossible to imagine any other symbiosis. “Dozens of Norths” is done in the spirit of silent movies, and when Breukner’s tunes are gone, it’s the impeccable sound design by Koji Kasamatsu that takes over with the sound of chilly winds, rusty machines and breaking waves adding to the feeling of deep void and solitude.
The chronicler of “Dozens of Norths” is probably Yamamura himself, an overworked writer whose quill gets hijacked by two miniature characters who use it as some kind of relic on their expedition to dozens of norths. They resist the hard weather conditions and on one occasion, they tell their (written) tale in the bottom of a full glass, wiith legs dangling over the edge of it. It is, we are told in one of the many title cards, “a journey to find the lost phrase”, which could be one of the clearest indications that the movie is actually about a writer’s creative block. “Are both past and future inexorable?”, we read in another part of the film, and those words sound like the torturing thoughts an average human being faces in moments of self-doubting. “Here” and “there” are connected by the force of imagination, in dark and unsettling images, often repetitive. Some ‘people’ bare no resemblance to humans, and yet they get immersed in the same type of activities as humans do – contributing to their societies with seemingly senseless work that follows a kind of logic that stays mysterious for the rest of the imaginary globe. There is an unnamed virus as well in the story, but this is thankfully not a hint at Covid-19. It’s basically “someone’s bullshit that desires to afflict the people” and the symbolics of it, formulated in seemingly simple words, is pregnant with meaning. People actually do die of bullshit in “Dozens of Norths”, and before they do, they get “illuminated” by the bug. The film doesn’t have a clear plot, just like a dream. What it does have is a magical atmosphere, with every detail executed by Yamamura’s skillful hand. It’s a gem that won’t click with everyone because it requires passion for arthouse animation and concentration.
Marina D. Richter | Asian Movie Pules | Film Review: Dozens of Norths (2021) by Koji Yamamura | 22 December 2021

一見さんお断り映画

...仰天!あまり観たことないというか、いや、全く観たことないような“長編映画”体験がそこにはありました。...
普通は“一見さんお断り映画”とはならないはずの映画なのですが、私はこれを“一見さんお断り映画”に括りたい。
なぜなら、山村浩二監督のこれまでの短編のテンションをそのままに長編化したアニメーション詩となっていて、それを踏まえないまま観るのには体力を要する作品となっているからです。長尺に耐えられるように飲み込みやすくなんて甘いことはしない硬派の極地のような映画でした。(抜粋)
ネジムラ89 | Note |【映画レビュー】最速『幾多の北』の感想!“かつてない”長編映画ってこういう作品のことを言うのかも......! | 2021.11.23

not for first-time viewers

... It was a revelation! There was a "feature film" experience that I have never seen before, or perhaps never seen at all...
Normally, this is a film that should not be considered "not for first-time viewers," but I would like to categorize it as "not for first-time viewers.
This is because it is an animated poem that has been made into a feature film while maintaining the tension of Koji Yamamura's previous short films, and it is a film that requires a lot of stamina to watch without that knowledge. It is a film that is the ultimate in hard-core filmmaking, and does not try to be easy to swallow in order to withstand the length of a long film. (Excerpt)
Nejimura 89 | Note | This is the kind of film that is "unprecedented" in feature films. ......! | 2021.11.23

ストーリー性からの逸脱

焦点が定まった詳細な様子とそれにピタリとマッチするリズム。なるほどなるほど、と思ったのは束の間、グッとその様子が俯瞰されると一瞬前に見たはずの出来事が全く分からなくなる。長編アニメーションの多くはしっかりとしたストーリーを軸に、詳細なエピソードが散りばめられている。その詳細が大きなストーリーを濃密なものにしてゆくとするなら、この作品ではまるでその逆である。目を凝らして見た細かなディティールは、どこかで繋がっているようでいながら、そもそもなんの関係もないのかもしれないのだ。ただそれが何だか楽しい。のは、私だけではないはずだ。インパクトのあるビジュアルがどこか不穏でユーモラスな旋律と共に瞬く間に変化し、目を離させない。「長編」の重要な要素であるはずのストーリー性からの逸脱という挑戦が、その新しいあり方を提示している。
長編部門審査員特別賞・受賞理由 | 第8回新千歳空港国際アニメーション映画祭 | 2021.11.08

The challenge of deviating from the story

Focusing the details accurately with a rhythm that matches perfectly but shifting into a bird's-eye view makes the viewers lose what happened just a moment ago. Many feature-length animations are based on detailed episodes centered around a solid story and these details make a whole story dense. What happened in this film is the opposite: the details seem to be connected somewhere, but it is possible that they don't have any connections. It makes me feel fun, and I would not be the only one. The high-impact visual that changes in a blink of an eye with some uncanny and humorous melody keeps attracting our eyes. The challenge of deviating from the story, which should be an important element of feature films, makes this film innovative.
Jury Comment: Special Jury Award for the Feature Films | 8th New Chitose Airport International Animation Festival | 8 November 2021

あくまで「絵」としての空間

...対して『幾多の北』は、あくまで「絵」としての空間を保持する。いや、それだと「絵画的」だとか、イラストレーションが動いたようなだとか、そういった風に理解されてしまうのかもしれないが、そうではない。「アニメーションが絵に描かれたものであるかぎりにおいての必須条件としての絵」だからこそつくり出せる空間を活用するのだ。長編アニメーション作品を作るのに、僕たちが暮らすボリュームのある空間を模倣する必要はないのだ、と高らかに宣言するかのごとく。(抜粋)
土居伸彰 | メディア芸術カレントコンテンツ | コロナ禍に鈍く光を放つ、実験場としての長編アニメーション | 2021.10.25

the space as a "painting"

... In contrast, "Dozens of Norths" retains the space as a "painting. In contrast, Dozens of Norths"" retains the space of a "painting". It is a space that can be created only by "a picture as an essential condition for animation as long as it is depicted on a picture. It is as if he is proudly declaring that it is not necessary to imitate the voluminous space in which we live in order to create a feature-length animated film. (excerpt)
Nobuaki Doi | Media Arts Current Contents | Feature Length Animation as an Experimental Site that Dully Shines in the Corona Disaster | 2021.10.25

Card image cap

読売新聞

苦悩の断片 映像化
…物語らしき物語もない。だか、不気味さとユーモアが同居する独特の映像は、圧倒的な力で根源的な感情を伝えてくる。…
| 2023/1/26 朝刊 | 日本|

日本経済新聞

アニメーションの山村浩二、初長編 苦悩描く新たな表現
…「先が見えない不安と 先が決定している憂鬱」。ドキリとする言葉が並ぶ。「格言というよりアフォリズム。視点をずらしてユーモアや皮肉を込め、見る人に考えるきっかけを作りたい」…
| 2023/1/24 夕刊 | 日本|

日本経済新聞

「頭山」の山村浩二、初長編アニメーション 世界が注目 | 2023/1/24 電子版 | 日本|

朝日新聞

「幾多の北」は羽根に羽と根(小原篤のアニマゲ丼)
…ヒエロニムス・ボスの奇怪な絵画をモノクロに塗り込め、タルコフスキーかタル・ベーラの暗鬱なムードを充満させたような世界… | 2023/1/23 電子版 | 小原篤 | 日本|

映画ナタリー

山村浩二の監督・プロデュース作「『幾多の北』と三つの短編」が上映 | 2023/1/23 | 映画ナタリー編集部 | 日本|

アニメーション・ビジネスジャーナル

山村浩二「幾多の北」和田淳「半島の鳥」、オタワで長編・短編両グランプリが日本から | 2022/9/25 | Tadashi Sudo | 日本|

Cartoon Brew

‘Dozens Of Norths,’ ‘Bird In The Peninsula’ Take Top Prizes At Ottawa 2022 | September 25, 2022 | JAMIE LANG | US|

Animation Magazine

‘Bird in the Peninsula,’ ‘Dozens of Norths’ Win Top Prizes at Ottawa | September 24, 2022 | Ramin Zahed | US|

読売新聞

仏アニメ映画祭 山村監督が受賞「幾多の北」| 読売新聞朝刊 | 2022.06.20 | 日本 |

共同通信

山村浩二監督作品に部門賞「幾多の北」、仏アニメ映画祭 | 一般社団法人共同通信社 | 2022.06.19 | 日本 |

panorama-cinema

KÔJI YAMAMURA : SOUFFRIR SON NORD | 11 May 2022 | Yamamura Koji Interview by MATHIEU LI-GOYETTE | Canada

Hibino Earth Paper

岐阜新聞創刊140年企画 HIBINO EARTH PAPER 2021 | 山村浩二インタビュー | 2021.09.26 | 日本

映CG

"映CG issue 47: 動畫人的非創作思維" (InCG Issue 47:Non-creative thinking of animators) | Yamamura Koji Interview | June 2021 | Taiwan

Blink Blank

"BLINK BLANK # 3" | Yamamura Koji Interview by Alex Dudok de Wit | April 2021 | France


幾多の北

幾多の北 | 英語:Dozens of Norths | 仏語:Pléthore de nords | 中国語 (簡体):万千北方 | 中国語 (繁体):北國奇遇記 | ロシア語:Север, и не один | ブルガリア語:ДУЗИНА СЕВЕРНЯЦИ

 

Dozens of Norths

Japanese: 幾多の北 (Ikuta no Kita) | French: Pléthore de nords | Simplified Chinese: 万千北方 | Traditional Chinese: 北國奇遇記 | Russian: Север, и не один | Bulgarian: ДУЗИНА СЕВЕРНЯЦИ

シノプシス

北はどこの北も淋しい。此処はどこも北なのだ。これから話すのは、私が北で出会った人々の記録だ。ただ記憶は断片的で、まったく要領を得ない。今はこれが徒労ではないかと焦り始めている 。胸の鈍い痛みが 少しずつ形を変えては、時折世界の実存を認識させられる。

Synopsis

North is everywhere solitary. Here is all North. This is a record of the people I met in these Norths. However, my memory is fragmented and does not get the point at all. Now I'm starting to wonder my efforts came to nothing. I'm just getting the occasional recognition of the existence of the world through the dull pain changes shape little by little.

ディレクターズノート

文藝春秋社発行の月刊誌「文學界」において、2012年4月から2014年12月まで、32号にわたって、表紙の絵と短いテキストを書いた。架空の映画を空想し、毎号独立しながらも大きな物語の一部として、映画のシーンを考えるように描き、その絵にテキストを添えた。それらがアニメーション映画「幾多の北」のベースとなった。
映画では、何らかの原因で人生が立ち行かなくなった人々を描いた。その元凶を具体的には示していない。
方向としての「北」は一つだが、ここでは北を複数形とした。北は偏在し、その場所でもあり、その先にある北でもある。
不安や苦悩はどこから来るのか?キリスト教倫理では、苦悩に価値を与え、苦悩を消極的状態から積極的な精神的内容を持つ経験へと変えた。仏教の思想では、病気や死など人が避けられない苦悩の原因をカルマに求めた。しかし現代では、科学の信仰により、こういった宗教的な苦悩への意味付けは、リアリティを感じにくい。 自らの創作行為によって、現在の苦悩を理解したい。そしてこの思いをよりリアリティを持って未来に伝えるために、近代の苦悩の「神話化」を試みる。見えない不安と苦悩の元凶を探り、人間の営みの悲しみと滑稽さを描く。そして最後には僅かでも、現実世界への希望も感じさせたいと思う。 

(山村浩二) インタビュー

Director's Note

The basis for the animated film “Dozens of Norths” is the series of cover illustrations and short texts that I made across 32 issues of the monthly literary magazine “Bungaku-Kai” (Published by Bungeishunju) from April 2012 to December 2014. In this work, by fantasizing about a fictional movie, I thought of each independent cover as a scene of one larger story and wrote a text for each illustration I made.
This film does not depict the specific reasons, but rather people whose lives have become stuck for some reason. North as a direction is one thing, but in this film, I made north plural. North is ubiquitous, it is both that place and the north beyond it.
Where do anxiety and suffering come from? Christian ethics gave value to suffering, transforming it from a passive state into an experience with positive spiritual meaning. In buddha’s thoughts, he sought karma as the reason for the afflictions that people cannot avoid, like illness and death. However, modern trust in science makes these religious meanings of suffering feel less real. I want to understand current suffering through my act of creation. And to transmit this spirit with more reality to the future, I am attempting to “mythologize” the modern suffering caused by real-life misfortunes. With this film, I hope to explore the invisible source of anxiety and suffering while depicting the absurdity and sadness of human existence, to finally make people feel even a little bit of hope for the real world. (Yamamura Koji) Interview

 

使用曲

「夜うつ太鼓/アルトゥロ ウイの興隆」
ウィレム ブロイカー楽団
(1983 BVHaast Grammofoonplaten)
左派(革命)
舞台回し
ブルジョアのワルツ(鍋ピアノによる)
私はあなたと行きたくない(アンナとムルク)
死んだ兵士の残酷歌
オープニング
スパルタクス団
アンナ
マンモスホテル・ウィのスイートルーム
アルトゥロ ウイ

Sound Track

“Drums in The Night / The Resistible Rise of Arturo Ui”
Willem Breuker Kollektief
(1983 BVHaast Grammofoonplaten)
De gauche (la Révolution)
The Announcer
la Valse de la bourgeoisie (au piano casserole)
Je ne veux pas aller avec toi (Anna et Murk)
la Complainte du soldat mort
Ouvertur
Spartakus
Anna
Hotel Mammoth Ui’s Suite
Arturo Ui



スタッフ | Staff

音楽:ウィレム ブロイカー

ウィレム・ブロイカー(1944 - 2010)は、オランダのジャズ・バンド・リーダー、作曲家、編曲家、サックス奏者、バスクラリネット奏者。 1960年代中頃から演奏活動をはじめる。
1974年、10人編成のウィレム ブロイカー楽団の指揮を取り始め、レコード・レーベル「BVHaast」を設立。演劇やボードビルから要素を引き出し、演劇的なものをはじめ型破りな方法を使ってジャズでパフォーマンスを行った。グループと共に、西ヨーロッパ、ロシア、オーストラリア、インド、中国、日本、米国、およびカナダをツアーした。 ブロイカーはクルト・ヴァイルの音楽の権威としても知られている。 また、1977年に始まり、アムステルダムで毎年恒例となった「フェスティバル・炎の矢を放て」を開催。1992年J.ブゼリンとF.ブゼリンによって書かれた伝記『ウィレム・ブロイカー』をフランスのライモン出版から出版。1994年ににはWalburg Pers出版からオランダ語の翻訳を出版。1997年、キャリー・ド・スワンとともに、ヴァイルの生涯に関して48時間にわたって放送する12部構成のラジオ・ドキュメンタリー番組「コンポニスト・クルト・ヴァイル」を制作。 1999年に2枚のCDを含む『ウィレム ブロイカー楽団:25周年を祝う』を出版。1998年、オランダ・ライオン勲章を授与。長く肺癌を患い、2010年アムステルダムで死去。

Music: Willem Breuker

Willem Breuker (1944 – 2010) was a Dutch jazz bandleader, composer, arranger, saxophonist and bass clarinetist.
From the mid 1960s he started as jass player. In 1974, he began leading the 10-piece Willem Breuker Kollektief, which performed jazz in a theatrical and often unconventional manner, drawing elements from theater and vaudeville With the group, he toured Western Europe, Russia, Australia, India, China, Japan, the United States, and Canada. In 1974, he founded the record label BV Haast. Beginning in 1977, he organized the annual Klap op de Vuurpijl (Top It All) festival in Amsterdam. Haast Music Publishers, which he also operated, published his scores. In 1992, Editions de Limon published the book Willem Breuker by J. and F. Buzelin in France. Uitgeverij Walburg Pers published a Dutch translation in 1994. In 1999 BV Haast published the book Willem Breuker Kollektief: Celebrating 25 Years on the Road, which includes two albums. In 1997, he produced with Carrie de Swaan Componist Kurt Weill , a 48-hour, 12-part radio documentary on the life of Kurt Weill. In 1998, Breuker was knighted with the Order of the Netherlands Lion. He died on 2010 in Amsterdam. He suffered from lung cancer and had been ill for some time.

監督:山村浩二

1964年生まれ。90年代「パクシ」「バベルの本」など子供向けアニメーションを制作。「頭山」(2002年) が第75回アカデミー賞にノミネート、アヌシー、ザグレプ他6つのグランプリを受賞、「今世紀100年の100作品」に選出される。「カフカ 田舎医者」 (2007年) がオタワ他7つのグランプリを受賞、アニメーション作品の受賞は130を超える。 2021年、過去25年間の優れた短編監督25人のトップ2に選出。「おやおや、おやさい」 「ぱれーど」他絵本画家としても活躍。NHK「おかあさんといっしょ」のエンディング曲「べるがなる」の作詞。川喜多賞、芸術選奨文部科学大臣賞受賞、紫綬褒章受章。映画芸術科学アカデミー(米)会員、ASIFA日本支部理事、日本アニメーション協会副会長、ひろしま国際平和文化祭メディア部門ディレクター。中国美術学院客員教授、東京造形大学客員教授、東京藝術大学教授。

Director: Yamamura Koji

Born in 1964. During the 1990s, He was making films for children, "Pacusi", "Bavel's Book" and so on. Nominated for an Oscar for Best Animated Short, "Mt. Head" (2002) had 6 grand prizes and selected 100 Films for a Century of Animation. "Franz Kafka’ s A Country Doctor" (2007) had 6 grand prizes, his films got awarded more than 130 prizes. He has been selected as the 2 place at 25 top short animated films directors over the last 25 years in 2021.He is also active as a picture book author for "Viva Vegetables (Oyaoya Oyasai)", "Parade" and so on. Lyrics for the ending song "Beru ga Naru" of NHK longevity children's program. "Okasan to Issho"
He was awarded Kawakita Prize and Education Award for Fine Arts in Japan and received the Medal with Purple Ribbon in 2019.
He is a member of the Academy of Motion Picture Arts and Sciences, a sub-chairman of the Japan Animation Association (JAA) and a member of the board of directors of the Japanese branch of the International Animated Film Association (ASIFA) and a director for the Hiroshima Festival Media Arts Division from 2021.President of Yamamura Animation, a visiting professor of Tokyo Zokei University since 2004 and China Academy of Art since 2021 and a professor of Tokyo University of the Arts since 2008.

フィルモグラフィー

1987 水棲
1989 ひゃっかずかん
1990 遠近法の箱
1991 ふしぎなエレベーター
1992 カロとピヨブプト
1995 パクシ
1995 キップリングJr.
1995 キッズキャッスル
1996 バベルの本
1999 どっちにする?
2002 頭山
2002 おまけ
2005 年をとった鰐
2005 無花果
2007 カフカ 田舎医者
2007 こどもの形而上学
2011 マイブリッジの糸
2013 古事記 日向篇
2016 サティの「パラード」
2016 怪物学抄
2017 水の夢
2019 ゆめみのえ
2021 ホッキョクグマすっごくひま
2021 幾多の北

Filmography

1987 Aquatic
1989 Japanese-English Pictionary
1990 Perspektivenbox
1991 The Elevator
1992 Karo&Piyobupt
1995 Pacusi
1995 Kipling Jr.
1995 Kid's Castle
1996 Bavel's Book
1999 Your Choice!
2002 Mt. Head
2002 Pieces
2005 The Old Crocodile
2005 Fig
2007 Franz Kafka's A Country Doctor
2007 A Child's Metaphysics
2011 Muybridge's Strings
2013 The Hyuga episode of Kojiki
2016 Satie's "Parade"
2016 Notes on Monstropedia
2017 Water Dream
2019 Dreams into Drawing
2021 Polar Bear Bears Boredom
2021 Dozens of Norths

オールスタッフ

音楽:ウィレム ブロイカー
原作:山村 浩二
出版:月刊「文學界」(2012-2014) 文藝春秋
アニメーション:山村 浩二 / 矢野 ほなみ / 中田 彩郁
彩色・背景美術・合成・ビジュアルエフェクト:山村 浩二
デジタルワークアシスタント:山村 早苗
英語翻訳:マイケル ラザリン
仏語翻訳:イラン グェン
サウンドデザイン・リレコミキサー: 笠松 広司
ダビングステージ:楽音舎スタジオ2001:
感謝 : 田中 光子 / 大嶋 由美子 / 浅井 茉莉子 / 関口 聖司 / ニコラス グアリン レオン / 齋 ジュリア愛 / アリエン ホルテル / バーナード フネキンク   
プロデューサー:山村 浩二 / エマニュエル=アラン レナー ル / ピエール バウサロン  
財務管理:シリル スメット
製作監督:タンギー オリビエ
製作マネージャー:ピエール ボアヴァン
製作助手:山村 早苗 / エミリー コピエ
技術管理:クリスチャン セレス
管理助手:デヴィッド ドス サントス
映画祭・国際配給:Miyu ディストリビューション
配給担当:ルース グロジャン
製作:ヤマムラアニメーション / Miyuプロダクションズ
脚本・編集・監督:山村 浩二

All Staff

Music: Willem Breuker
Based on the Illustrations and Text by Yamamura Koji
Published at the Monthly Bungaku-Kai, (2012-2014) Bungeishunju
Animation:  Yamamura Koji / Yano Honami / Nakata Ayaka
Coloring, Background Art, Compositing & Visual Effects: Yamamura Koji
Assistant Digital Work: Yamamura Sanae
English Translation: Michael Lazari
French Traduction: Ilan Nguyên
Sound Designer & Re-recording Mixe: Kasamatsu Koji
Dubbing Stage: Rakuonsha STUDIO 2001:
Thanks to Tanaka Mitsuko / Ohshima Yumiko / Asai Mariko / Sekiguchi Seiji / Nicolás Guarín León / Sai Julia Ai / Arjen Gorter / Bernard Hunnekink
Producer: Yamamura Koji / Emmanuel-Alain Raynal / Pierre Baussaron
Chief Financial Officer: Cyril Smet
Director of Productions: Tanguy Olivier
Production Manager: Pierre Boivin
Production Assistants: Yamamura Sanae / Emilie Coppier
Technical Manager: Christian Serres
Administrative assistant: David Dos Santos
Festival & International Sale: Miyu Distribution
Distributor: Luce Grosjean
Produce by: Yamamura Animation / Miyu Productions
Script, Edit ing and Direction: Yamamura Koji



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This project enjoyed the NEF Animation Writing Residency in Abbaye Royale de Fontevraud, Odyssée Program - ACCR, with the support of the French Ministry of Culture, the French National Center for Cinema and the Moving lmage (CNC) and the French Region Pays de la Loire.

 


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