らめき、震える世界
 山村浩二『カフカ 田舎医者』

土居伸彰


 実写映画が鏡を覗きこむようなものだとすれば、アニメーションとは水面を覗きこむようなものなのではないだろうか。平穏であれば鏡のようにもなる水面は、一旦波乱が起きてしまえば、そこに映る姿は震え、歪む。雪の降りしきる田舎町を舞台とする『カフカ 田舎医者』(2007)に水面自体は登場しないが、それに似た感触が作品全体に響いている。まるで水面に映っているかのように、キャラクターの姿は絶えず震えていて、かたちを歪ませる。
 山村浩二の幾つかの作品には揺らめく水面が登場し、それを覗きこむ存在に揺さぶりをかけていた。大学の卒業制作『水棲』(1987)では、水面に落ちるリンゴが人物の姿を揺らし、魚に変化させる。『頭山』(2002)のラストでは、自分の頭にできた池を覗きこむ主人公の男は、同じようにして頭を覗きこむ無数の自分の姿を目撃してしまい、混乱して身を投げる。水面は鏡のように姿を正しく映してはくれないので、心には不安が訪れ、気持ちは波立ってくる。
 山村によれば、『カフカ田舎医者』における震えや歪みは、キャラクターの波立つ気持ちを映像によって表現するものなのだという。例えば、自宅から遠く離れた患者の家で、凶悪な馬子と共に残された下働きの娘のことを考える医者のシーン。医者の気持ちが徐々に乱れていく様子が、輪郭線の激しい揺れとして表現されていることがわかるだろう。普通であれば台詞や演技で表現される内面的な感情が、震えによって表現されているのである。アニメーションは一枚ずつ描きなおすがゆえに、連続して映写するときに震えが生まれてしまうこともある。だが、この作品ではそれが効果として意識的に使用されているのだ。あまり見ない例だ。
 山村はこの効果を「精神の遠近法」と名付けている。「精神の遠近法」は、一般的な遠近法が目指すような目で見る世界ではなく、心が覗く内面的な世界を表現する。震える心が見る世界なので、遠近法は一つに安定せずに変化して、キャラクターたちは姿を絶えず歪ませる。唐突に大きくも小さくもなる。モノや人間自体のアイデンティティーも不確かになる。頭蓋骨である月は首つりロープに変わり、そこに垂れ下がる医者も馬へと変わる。広島市現代美術館で開催された山村の個展は「可視幻想」と題されていたが、『カフカ田舎医者』は内面的な幻想や夢の世界を可視化する。普通では目に見えるはずのないこの世界は、鏡が映すようなものではない。その揺れる世界を見つめていると、次第に不安が増してくる。

 『カフカ 田舎医者』を観ることは、まるで、『頭山』で身を投げた男の末路を、水面を通じて覗きこんでいるかのようなものでもある。『頭山』のケチな男は、自分の頭の上で花見をされ、桜の木を抜けばそこには水が溜まり人々は泳ぎにやってくる。自分の頭で起こる騒乱からは自分でいる限り逃れることはできない。混乱する彼はついに自分の頭の上に辿り着いてしまい、水の中へと身を投げることとなる。『頭山』のその不幸な男は、そのまま医者へと引き継がれる。あなたに水の中へと放り込まれた経験があるのならば、自分ではどうにもできないほどの強い力があなたを翻弄するのを感じたことがあるだろう。医者は自分の運命の波に呑まれてしまった。医者の意志に反して馬子は勝手に馬を走らせる。病人の家に到着した医者は「さあ帰ろう」と宣言しながらもその身体はくるりと逆を向いてしまい帰れない。役人たちには裸に剥かれ、少年のベッドへと運ばれる。彼は自分の意志で動いているつもりだろう。しかし、彼の運命は彼がどう考えるかなどおかまいなしに、彼を水の底へと引きずり込んでいく。
 こうした人物は山村作品にはお馴染みだ。『年をとった鰐』(2005)に登場する鰐とタコもまた、自分の置かれている状況をわかっているつもりで、実際にはそうではなかった。タコは自分が12まで数えられるし、自分の足は12本あるとも信じている。どう数えても8本しかないのに。鰐は一晩に一本ずつ、愛するタコの足を食べていくが、タコはそれに気付かない。足を一本残らず食べられてしまったときも、「リウマチになったんだ」という鰐の言葉に騙される。タコは実は数を一つも数えられず、驚くべきことに、足というもの自体を認識していなかったようなのである。タコはその日の晩に、眠りに落ちたまま、最後まで何も気付かないまま、鰐に食われてしまう。鰐はタコに比べれば少しはマシだ(「彼は一までは数えられた」)。だが、大差ない。鰐は死のうとしたが、人間たちに神と崇められ、その理由もわからないまま、延々と生き続けることとなる。鏡を覗くことができず、水面を覗こうとさえしない鰐は、自分の身体が紅海の強い陽射しで焼け真っ赤になっていったことに気付かない。
 この作品を『頭山』と『カフカ 田舎医者』とあわせて不条理三部作と呼ぶ向きもあるようだ。確かに、これらの作品の登場人物は自分の置かれた状況に気付かない。そんな彼らにとって、自分たちを待ち受ける運命は不条理でしかないだろう。
 ただ、残酷なことに、彼らにとっての不条理も、それを対岸の火事のように遠目に見つめるあなたにとっては、とても笑える話になってしまう。『カフカ 田舎医者』もまた愉快な作品である。キャラクターたちの奇想天外な動きを見ているだけでも笑えてしまう。『カフカ 田舎医者』の世界は、目によって「聴く」こともできる。馬は首をゆらゆらと左右に揺らし、布はぶんぶん振り回され、医者は頭をぐるぐると回す。歪みや震えと並んで特徴的なこれらの反復の動きは、この奇妙な世界にユーモラスな雰囲気を与え、心地よいリズムを生み出している。この作品では、オンド・マルトノという電子楽器が大々的に使用されている。「オンド」とはフランス語で「波」の意味を持つ。この楽器が響かせる特徴的なビブラート(またしても「震え」だ)は、映像の揺らぎを補強するかのようにして、作品全体をさらに波立たせ、そのリズムを強めていくだろう。揺れる状態というのは、そのリズムに乗ってしまえば楽しくもあるのだ。

 だが、あまりに激しい揺れは、それを体験する者を不安に陥らせるものだ。大きく揺れる水面を見ていると、もしかしたら呑み込まれてしまうのではないかと考えてしまう。『カフカ 田舎医者』のラストの展開は、まさにそんな不安感を体験させる。医者は行きと違う道を帰っているように思える。その背後に見える不気味な光景は何なのだろう。最後に見える二人の人影は一体誰なのか。医者はどこへ向かっているのだろう。そもそも彼は、一体どこにいるのか。フラッシュが頻繁に炊かれ、視界は微妙にずれ、カメラの視点がサッと入れ替わり、前後のシーンのつながりは次第に不安定になる。いろいろな音や視界が混じりあい、今見ているのが医者の夢なのか現実なのかがわからなくなる。これは一体なんなのだろう。彼はいったいどこにいるのか。これらのシーンによって、映画の中でこれまで当たり前に見てきた世界もまた、突如としてその位置を揺らがせてしまう。アニメーションは確かにどこにもない世界を提示できるのだが、せめてどこかの世界であってほしいとあなたは願いはじめる。
 『カフカ 田舎医者』のこの奇妙な世界が持つ感触は、悪夢が妙な現実感を持つときに感じてしまうものに似ている。もしくは、悪夢から目覚めたばかりの混乱した頭に周りの事物が生々しく飛び込んできて、夢と現実の区別がつかなくなってしまうときの感触。生々しい悪夢は退屈な日常よりもはるかに現実感を持っている。夢は目覚めたときに初めて夢であったことがわかるが、目覚めないうちには、夢であるかどうかは決して判断できない。自分のその平凡な日常は、もしかしたら目覚めるのが遅れているだけの夢ではないのか。この作品は水面を揺らす。そこに映る映像は、いまにも現実とひっくり返ってしまいそうだ。水面はそれを覗きこむ人の存在を揺らがせる。あなたは揺れる水面のどちら側にいるのだろう。夢と現実のどちらにいるのだろう。もはや医者たちに降りかかる災難は他人事とは思えなくなってくる。もしかしたらあなたを見て笑っているあなたが、水面の向こうにいるのかもしれない。
 もう遅いのだ。もはや笑えなくなってくる。基本的には原作をそのままなぞっているようにも思えたこの作品には、一つの逸脱があった。冒頭には、カフカのアフォリズムが引用されているのである。「本当の道は、高く張られているのではなく、地面すれすれにある。それはむしろ、歩かせるためというより、つまずかせるためのように思える。」この言葉は、この作品自体について語ったものではないのか。激しく揺れる水面を見て酔ってしまったあなたはつまずかされてしまった。『カフカ 田舎医者』の最後、医者は言う。「だまされた、だまされた、一度でも真夜中のベルの呼び出しに応じてみろ、取り返しのつかないことになる。」その後に続くのはベルの音だ。あなたはもうそれを耳にしてしまった。その音はあなたの中でなにかを覚まさせる。あなたはドアを開けてしまったのだ。もう取り返しがつかない。つまずいてしまったあなたは、自分がどこでもないところにいることに気付かされて、唖然とした気持ちで残される。あなたは震えてしまうだろう。田舎医者のようにして。

(『カフカ 田舎医者』劇場公開用パンフレットにて初出の文章を加筆・修正。)


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○関連ページ
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