![]() 古屋 あと背景もパルンさんオリガさんご自身が描いたって言ってたんですけど。背景の密度の濃さというか、その辺も引かれました。 山村 うん。それもこの作品がパルンさん自身のものと実感するところですよね。ご自身の絵が画面に入ってるので。たしか『カール・アンド・マリリン』の背景はフィンランドで教えた女の子が全部描いたそうなんですよ。そうするとやっぱりちょっと絵と作者との距離感があるんですよね。パルンさん風には描いてるんだけど。やっぱりダイレクトに作者の筆跡が画面に入ってるっていうのは… この作品の背景、魅力的だもんね。 ![]() ヤマムラアニメーションに飾られている『カール・アンド・マリリン』のオリジナル・プリント 土居 パルンが展覧会カタログで木炭とアニメーションの違いを話していて、「アニメーションは物語だけど、木炭の方はテンションなんだ」って。絵画の場合は緊張感みたいなものが重要になってくるので、アニメーションとは違う、自分にとっては両方必要なんだ、っていう話。今回の背景画にはきっと、そのテンションっていうか、死んでない、生きている絵が入り込んできているんですよね。 山村 でもそのテンションっていう言葉だけど、アニメーションの方でもパルンさんは大事にしてる部分じゃないのかな。つまりメタファーではなくてテンション。あまりに超現実的な出来事が起こるからつい、そこを何かのメタファーではないかと、意味を読み取ろうとしてしまうけど。確かにメタファーになってる部分もたくさんあるんだけど、パルンさんが大事にしているのはそのテンションの部分、ノリだったりリズムだったりこそ、感じてほしいんだろうなって思うし、自分もそこを面白がってやってるっていう。逆に深読みしないでくれよって思ってるんじゃないかな。 土居 深刻なテーマを扱いながら、やっぱりユーモアではぐらかすというか。最後、男がナイフを持って、「手首を切るのかな?」って思うと……(笑) 山村 自分の毛を剃ってたり(笑)。奥さんが連れ去られた後がいいんだよ。マッチ箱をいじいじやってて(笑)、毛を剃って。あの二つで、何もやる事がないっていう感じがすごく出てる。 土居 単なる絶望じゃないんですよね。 山村 あそこで絶望の表情とか表現をしないところがね、すばらしい。でもそれがリアルなんだと思うんですよね。やっぱり、嘆き悲しむのってある種の演技が入るんじゃないかなって。そういうのは嘘だと思うんだよね。本当に悲しい事って、表には単純に出ないような事だと思うし、それは本人が噛み締めるしかない。そういうのは、観客にそのまま見せるんじゃなくて、流れから推し量ればわかるじゃんっていう……そこが泣けちゃうんだよね、あの辺で。 ![]() ![]() 『ガブリエラ・フェッリなしの人生』 土居 僕はそのあと、若い女の子が自分の手に男をズボって吸い付かせるところで、笑っちゃいながらもすごく感動しました。でも一番感動するのは、そのあと、子どもが自分の手を発見して終わるっていうところですけど。 山村 僕も一回目はあそこがやっぱり一番感動して、でも二回目にもうちょっと分析しながら観ると、ストーリー的に、その前のいじいじしたところで、きちゃうんだよね。 土居 僕はどっちかっていうと、あの子供が最も自分を同一化しやすいキャラクターだというところもあって…… 古屋 あー 土居 「そうだ、ちゃんと繋げられるんだ」って…… 山村 なるほどね。 土居 繋げるんだっていうことを発見する事自体で一つの成長を描いていると思いますし、あと、繋がる可能性だけをなんとなく実感するっていうくらいにとどめてくれたのも、僕としてはすごくよかったです。嘘っぽくない感じがして。 山村 そうか、見る人の年齢によって感情移入するところがやっぱり違うんだね。(笑) 土居 お子さんがいる山村さんとしては……(笑) 山村 子どもがいて奥さんがいて、ある程度年をとって来るとね。やっぱりあの主人公の男の方が、パルンさんの切実な気持ちに近いところにあるような……(笑) 女性的にはどうなんですか? 古屋 やあ、でも私もあのギブスをした少年ですね。 山村 そうか、そうなんだ。やっぱり年齢的なものなんだね(笑)。彼の最初の方の苛立ちと、あの最後がグッとくるんだね。 土居 もどかしさとかありますからね。どこに手を伸ばしていいのやら、っていうような。 山村 そっかそっか… 土居 はい、もうあのギブスがとれること自体で、ふっと解放されるような感覚になりますよ。逆に、良くこんなに年を取ったおじさんが(笑) 山村 そんな感覚を描いてくれたな、って(笑)。そこはオルガさんの気も入ってるんですかね、もしかしたら。 ![]() ![]() 土居 若い女の子が最初、橋から飛び降りますけど、死のうとしてたんですかね。 山村 僕も3回目に観て、そうかなって思った。初見ではぜんぜん意味判らないんだけど、あの動きとともに浮き上がって来るんで、自ら立ち直ったのかっていう…… 土居 そうですね。ふっきれたみたいに。 古屋 生まれ変わった様に…… ![]() 『ガブリエラ・フェッリなしの人生』 土居 両手にAとBって書いてあって、Bの方だけぱって閉じて落ちるっていう……今回は、僕がレビューでやったみたいに、モチーフで分析するやり方はすごくやりやすいんですけど。 山村 AとBと手の話っていうのは確かに、それだけでかなりつじつまが合うようになってるよね。 土居 はい。 山村 土居君のレビューを読んだ後でもう一度観てみると、手や指のことってかなり意識的に強調してる。手のアップの切り返しとかそれを意識させるようなカットがたくさんあって。子どもの最初の包帯からもそうだし、お隣さんも指を切られるし。夫婦のやりとりでも、触覚っていうものをすごく強調してる。手っていうのがひとつの大きなテーマになってるんだろうなっていう… 土居 パルンはずっと関係性のテーマを描いてきてましたけど、今回は、繋がりっていう部分に焦点を合わせているような感じが僕の中ではすごくしました。本当につながれるのか、っていう。リンクっていう繋がりがたくさんあるインターネットの空間みたいなものも入れつつ。あと指の数も不思議な感じで。これ(DVDのパッケージ)だけ観たら4本っていうのはなんだか… 山村 違和感があるよね。それを考えながら昔のドローイングとか見たけど、たまにやっぱり4本指の時もあるし、ドローイングを描いている時は、そんなにこだわらないで気まぐれなのかな、って。 土居 アニメーションだと、昔の作品は確かずっと5本指だったと思うんですけど。急に変えた時期があって。『ニンジンたちの夜』とか… ![]() ヤマムラアニメーションに飾られている『ニンジンたちの夜』のセル画 山村 4本だよね。縛られた奥さんの足の4本の指と、泥棒の5本指が重なるところがあって、あそこでもまた4本と5本っていうのが意識させられて… 土居 泥棒のキャラクターはものすごく… 山村 泥棒恐いよね。かっこ良く描いてるんだけど、でもすごい… 土居 すごい奪い方していきますから。 山村 土居くんが「邪悪なもの」って言ってたのはあれのことだよね。 土居 そうですね、はい。 山村 まさに邪悪そのもの…… 古屋 顔が、表情がいっさい出て来ない… 土居 あの顔の隠し方が面白いですよね、子どもの風船が……(一同笑) 山村 パルンさんらしいアイデア(笑)。最初も鳥が顔の前を飛んでて…… 土居 でも、そういうふうにコミカルにやった後で、横断歩道のシーンをああいうふうに見せられてしまうと……あそこだけは笑いもなくてものすごくストレート。あの横断歩道のシーンは今までのパルンにはなかったようなシリアスさをすごく感じました。 山村 うん、シリアスだよね。横断歩道が川と雲にメタモルフォーゼして、月になって……でもあの後でなぜかショウウインドウのヒラメを覗いてるんだよね(笑)。あれがいいんだよなあ、キッチンにヒラメとマッチ箱と唐辛子しかないというむなしさが……(笑)。その前はごちゃごちゃといろんなものがあったのに… 土居 変にリアルな感じがしますよね。(笑) 山村 ヒラメしかいない魚屋もなんともいえない……(笑)。土居くんは「繋がる」っていうのがテーマだって言ってたけど、僕はストレートに言って、これは「失う」っていうこと、人生からなにかが失われていくっていうものを描いていると思う。泥棒がそのまんまなんだけど。まあその辺が僕の年齢からすると(笑)、ぐっときてしまうんですけど。 ![]() 土居 鳥っていうのはパルン作品に結構よく出てきますよね。今回も深刻な事態を引き起こしますが。 古屋 最初、鳥と泥棒がセットみたいな感じかと思った。 山村 子分みたいなね。鳥で顔を隠して登場するんで、そういう風に思わせるよね。主人公がベランダに出て鍵がかかっちゃっうのも鳥が原因だし。マラソンおじさんが死ぬのもそう。でもあれは明らかに仕組まれてるよね。銃をガチャガチャってするシーンのインサートと…… 土居 あー、あそこが繋がってるんですか。 山村 眉毛のある鳥がベランダに来て、追い払おうとした主人公が閉め出されて、あの鳥が飛んでいった後、コウノトリの群れが来て、銃で撃たれるんですよ。で、そのあと主人公が窓の外をつたっていって、Loserのおじさんの携帯に血がぼたって落ちてきて、見上げてみると、撃たれたコウノトリが横切っていく。このシーンが繰り返されるんだよね。あそこをなぜ強調してるのかは判らないんだけど。で、そのコウノトリが最後、マラソンおじさんを殺すことになる。かなり最初の段階で殺すことが計画されているというか。それが恐ろしいというか…… 土居 最初、隣りの部屋で起こっている事は、陰謀がテーマになってるのかな、って思ったんですけど、2回目に観たときには、連鎖的に起こっていることというのが必然なのか偶然なのかよく判らない。 山村 土居くんが「邪悪なもの」って言ったとき、最初、泥棒じゃなくて銃のことだと思ったのね。銃と泥棒がイコールなのかな。すべてを、生命さえも奪い去るものの象徴の、泥棒ではないもう一つの見せ方が銃。両方とも実は同じ世界の住人なのかな、っていうふうにも考えたんだけど。まあどっちが正解ってこともないと思うんだけど。 土居 あの銃のモチーフはパルンにしてはけっこうストレートだと思いました。撃つことの快感と性的な絶頂、そして死をつなげるモチーフ。 山村 物語的にも一番緊張感が高まるところに挿入されているし。泥棒が迫ってくる、一番危ないところで出てくるわけだし。主人公が窓の外に出てしまうときにも銃が挿入されて、そのあと、コウノトリが撃たれているんで。まあストレートといえばストレートなんだけど。 土居 まあでも、銃だけ取り出せばそうなんですけど、他のいろいろなものと混ざりあってますからね。 山村 凄く複雑に絡んでるからそんなに単純じゃないよね。 土居 でもほんとによくぞここまでいろいろなものを入れるよなあ、っていう……どれもハズしてないですし。 山村 全部が絡んでるんだよね。いつも以上に。少年が飼ってるカタツムリでさえもちゃんと役目があったり、鶏や小さな蜘蛛までも全部意味があって。 土居 すごいですよね、短編アニメーションの一つの理想的なあり方と言うか…… 山村 Loserとマラソンおじさんがよくわからないんだよね、僕。他は「この人誰だろう」って思わないんだけど、あの二人については思っちゃう(笑)。 土居 マラソンおじさんにはパルンがちょっと入ってると思うんですよ。見た目もそうですし。 山村 うん、見た目似てる。 土居 パルン、体を動かすのが好きですし。なんていうんですかね、『ブラック・シーリング』と今回の作品はちょっとだけ幸せな感じがするんですよ。『ブラック・シーリング』からはかなりのイチャイチャ具合が伝わってきますし。だから、「Life is nice」はクリシェとして言うべきセリフではないけれども、でも…… 山村 言いたいと(笑)。 土居 でも言ったら殺しちゃう、みたいな(笑)。「Life is nice」ってセリフは、隣の部屋の陰謀で目を潰された人が言ってますよね。 山村 「Life is nice, then we live…」。 土居 『ホテルE』の西側の世界でずっと、「Great」「Great」ってみんなが言い続けるじゃないですか、あそことちょっとつながってると思うんですけど。今やってるカナダ特集だと、アーサー・リプセットの『とても素晴らしいVery Nice Very Nice』は(アニメーションではないですけど)、まさにそんな作品でした。「Life is nice」っていうのは、そういった作品が少々皮肉っているような、考えなしのポジティブさの象徴のようなフレーズにもなるし、本当に「人生は素晴らしい、だから生きる」っていう本当の実感を伝えるものにも読める。 山村 本音とね。一方でプロパガンダなんじゃないかっていう疑い。 土居 そういう引き裂かれた感じがあるので、「Life is nice」っていうモチーフもすごく好きなんですよね。シリアスさとユーモアが共存しているパルン作品のあり方をそのまま感じとれるようなものだとも思います。 古屋 『ホテルE』の「great」は皮肉でしかなかったように思うんですが、私は、「Life is nice」については、この言葉がもつある種の嘘くささに対する皮肉というよりも、完全にコミカルなものに昇華されているように感じました。鳥が容赦なく刺さってしまうあたり、分かりやすいユーモアですよね。「あ、刺さっちゃった」みたいな。『ガブリエラ』は本当に可笑しい作品だと思いますが、でも紐解いていくととてつもなく複雑で難解です。今までのパルン作品にくらべると、観客の入り込む余地を残しているようにも思います。最初から最後まで観客を物語に乗せて運んでいってくれて、最後はスッと終着駅に降ろしてくれるような……とてつもない作品ですよね。 土居 本当に、いろんな方に、何回も観てほしい作品だと僕も思います。古屋さん、じゃあ、最後に宣伝しちゃってください。 古屋 ラピュタ国際アニメーションフェスティバルは、4月11日まで、『ガブリエラ・フェッリなしの人生』含め、エストニアのアニメーションを新旧揃えて上映しています! 是非ご覧になってください! ![]() 2009年3月28日ヤマムラアニメーションにて ![]() ガブリエラ・フェッリのCDと『ガブリエラ・フェッリ』のDVD (DVDはプリート・パルンから山村浩二宛に送られてきたもの) |
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