Animationsによる今回の座談会は、『春のめざめ』公開の記憶も新しいアレクサンドル・ペトロフ。日本資本とのつながりも深く、DVDで全作品をみることができるなど、現役の短篇アニメーション作家のなかでは比較的名の知れた作家であるだろう。最近になって彼の全作品が日本で入手できるようになったことから、今回のテーマはペトロフに決定した。座談会をみてわかるとおり、Animations内での評価は『雄牛』『おかしな男の夢』という初期作品とそれ以後で大きく変わっている。座談会では、その「変質」の背景にあるのは、作品世界で自分の理想を追い求めるペトロフの姿勢なのではないか、ということが語られることとなる。作家の望む方向性と作品としての善し悪しは必ずしも一致しないという短篇作家のジレンマの一例が、ペトロフのフィルモグラフィーからは見えてくる。(土居伸彰)
出席:山村浩二、荒井知恵、大山 慶、和田 淳、中田彩郁、イラン・グェン、土居伸彰
トロフは最初の二作だけ?
山村
じゃあペトロフの座談会を始めます。すでに何度も見ている人もいますが、『老人と海』(1999)を見ながら話しましょう。まず最初に見たものがジェネオン [エンタティンメント]から出ている「アレクサンドル・ペトロフ作品集」。見た順番で言うと、『雌牛』(1989)、『水の精ーマーメイドー』(1997) 、『おかしな男の夢』(1992)で、今『老人と海』を流し見ています。後は最新作『春のめざめ』(2006)も含めて、『冬の日』(2003)も一応途中で入れますかね。それでペトロフの全作品が日本では見られるという状況になっているので。どっから話を始めましょうか?
イラン 全作品が日本で見られると言う事で、作品ごとの話に入る前に、全体的な一つの印象をもって入る事が出来ればその方がいいのでは?
山村 いいかもしれないですね。
土居 全体的な印象としては、『水の精』以降はダメなんじゃないですか?
イラン そんな結論から?(一同笑)
山村 それは結論になってしまうかも。
土居 みなさんの同意を得られるかどうかは分からないですけど。
山村 まあぼくも最初の2本は面白いよと、ちらっとこれをやる前にも言ったんだけど(笑)。
イラン ダメかどうかはともかく、『水の精』から大きな方向転換、全く別の時期と捉えるしかない気がしますね、確かに。

『水の精-マーメイド-』(1997)
山村 ただ『水の精』が多分真ん中にあって、最初の2本、『水の精』、それ以降という風に分けられる気もするんだけど。製作タッチとしては『水の精』は前の2本と同じ環境だと思うんですけど、その後外の資本が入って来たものが続くのかなと。実際は製作の話を聞くと、実は『老人と海』も外の資本が入る予定があってこの企画を出したんじゃなくて、純粋にペトロフ自身が『老人と海』を作りたい、ヘミングウェイの原作をやりたいっていうのが最初の動機にあって、作り始めていたんですね。その後に資本が入って、予算がついたので。だからスタートの動機の部分では、前作、3作目に連なってるものがあると思うんですよ。
土居 たぶん本人がやりたい事自体はどんどんできてきていると思うんですよ。『春のめざめ』はまさにそんな感じです。元ネタって言うとおかしいですけど、[イワン・]ツルゲーネフの『はつ恋』の作品を読むと、だいぶペトロフの作品世界を理解しやすい。『春のめざめ』の原作は、ツルゲーネフの『はつ恋』を読んだ若者が主人公になっている小説なんですが、『はつ恋』を読んでみると、『水の精』からのペトロフ作品の雰囲気にだいぶ近い。そういう印象があります。おそらくそれが本人のやりたいことで、それがどんどん出来てきてるんだろうなっていう。でも、本人がやりたい事が出来ているということと、作品としてのよしあしはずれている。そういう所を話していけたらなと思うんですけど。
術的なすごさ
山村 ペトロフに対する全体的な印象から聞きましょうか。
大山 全体的に言うと、べらぼうに絵がうまいっていうのがまずありますね。ただ、『雌牛』と『おかしな男の夢』あたりの、茶色いようなモノクロっぽいような、人物だとか背景だとかを小汚く描いているようなところは、すごく美しいなって思うんですけど、『老人と海』『春のめざめ』のような、いわゆるきれいに描いているようなところが僕には全然美しくみえなくて、何かすごく気持ち悪さみたいなものを感じるんですよね。小汚い方はノルシュテインっぽかったりもするんだけど、きれいな方にはあまり感じないし。
イラン ある意味では、洗練されたものに変わっていってしまうという……
大山 何かの座談会でも言ったように、それでもやっぱり一般的な日本人――おばちゃんやOLなんかが見てきれいって言うのはこっちだと思うんですけどね。おもしろいって言うのも。
土居 イシュ・パテルの『パラダイス』(1984)についても同じこと言っていましたね。[編集部注・イシュ・パテルについての座談会は後日アップの予定]
大山 そうですね。その現象にすごい似てるなぁって思って……。(『老人と海』を観ながら)ほんとにうまいなぁ(笑)。
土居 これは全部一人でやってるんですよね。
山村 アシスタントは入ってるけど、ほとんど一人のはずです。考えられない映像ですね。
大山 けっこうこれ複雑な合成というか、処理がありますよね?
山村 合成してない。
大山 合成っていうか、単なる一枚のガラスにやってるんじゃなくて、細かい……
山村 あぁマルチみたいにはなってる。ガラスがね。
大山 そうですよね。でも何かこれ、きれいすぎちゃって逆にデジタルっぽく見えますよねぇ、何でなんだろう、うますぎるからですかねぇ。
山村 これはアイマックス用に描いてるんで。70ミリで撮影されていてものすごく細かく見えるっていうのと、あと今見てるのがDVDっていうのもある。僕はフィルムでも観たことあるけど、色の印象はだいぶ違って見えるし、手の痕跡も見える。
(一同、『老人と海』にしばし見入る)

『老人と海』(1999)
大山 見ちゃう。すごいなぁ(笑)。
土居 それは絵がすごいんですか? 作品の質としてすごいんですか?
大山 まぁ技術的なところかなぁ。
山村 アニメーション(動きの創造)としてすごいと思いますよ。
大山 すごいですよねぇ(笑)。
山村 ここまできれいに動かせるっていうのはね。
土居 作ったことない人間から見ると、そうでもないというか、そんな考えはあまり抱かないですけどねぇ。
イラン でも、如何にも凄みを演出するような見せ方じゃないですか?
山村 これはね、迫力の方に重点をおいていて、誰が見ても、あぁすごいっていうふうになりますよね。描く側からすると、これ描けないよなぁって思いますよ(笑)。船がちゃんとデッサンが狂わず動いてるのがすごい。
大山 どうやってやってるんですか?本当に順番にやってるんですか?
山村 この技法だと順撮りでやっているとしか考えられない。
イラン 何かモデルはないか?
山村 モデルがあるにしても、こんだけ描ける人はなかなか。
大山 ビデオみたいなものでその都度確認しながらやってるんですかね。
山村 プレビューはしてるかってこと? してるんじゃないかな。この作品からデジタルの技術も入ってくるし。カメラワークに関してはデジタルで制御してる。カメラが1コマずつパンしていくのとかは、動きを事前に計算した上で、1コマずつ位置を変えていくんですね。その装置をイマジカの技術の人と組んで何年間かかけて作ったみたいなことを聞いているので。まぁでも海中のシーンなんかはほとんど一枚絵でやっているので、その絵の力は、純粋に賞賛できるところですね。
大山 でも、すごいとは思うんですけど、好き嫌いで言っちゃうと、こういういかにも迫力あるものよりも、何か暗くて小汚いところで、ちょっと灯りがあって、きったない男がモニョモニョって動くところの方が、好みで言ったら断然好きで、きれいだなって思うんですよね。
土居 (『老人と海』では)それは完全に消えましたもんね。
大山 うん。自分がいいなぁって思ってた部分がどんどんどんどん消えていって、わかりやすい凄さってのがどんどん見えてくる傾向があるなぁ。
(エンドクレジットでメイキングを一緒に流しているのを一同見ながら)
イラン これは息子さんと二人で、アニメーションとして出てるんですね。
大山 でもメイキングを入れるあたりやらしいよね(笑)。
土居 何でこんなことしたんでしょうね。
大山 だからほら、普通の人はどうやって作ってるのかわからないから。こういうことをやってるんですよって。
荒井 でも手の動きはほんとにこう、迷いがないというか……。
山村 あれでコマ撮りできるっていうのはすごいですよ。
イラン あそこまで油絵の味で表現を貫くなんて……
にかが変わった?
土居 和田さんはどうですか、全体的に。
和田 あんまり覚えてないんですよね。
土居 今見てたじゃないですか(笑)!
和田 たぶん今見てすごーいって思ってるんやけど、次の日にはもっと楽しいことがあるっていうか。
イラン 記憶に留まらない? 留めない?
和田 留まらないんですかねぇ、たぶん。何やろ、すごい迫力あるし、アニメーションとしての魅力もあるし、今はもうほんとにすごいなぁって思いますよ。
土居 和田さん、(広島アニメーションフェスティバルで)『春のめざめ』に観客賞入れてましたもんね。
和田 観客賞に入れたね。その日に見たからちゃうかなぁ。そういう感じがすごいあって、その中でも一番印象に残るのはやっぱり牛のやつかなぁ、ゴニョって動いてる感じとか。あとは大山さんと同じ感じです。
土居 知恵さんは?
荒井 あたしも一緒です。
土居 (笑)完全にですか!?
イラン 記憶にないとか?
荒井 いや、冗談ですが…。上手というか、暗闇に光を、懐中電灯をあてるように見せる演出とかいいですね。
山村 『老人と海』では前半のほうにあったよね。街を歩いていく時ね。
土居 でも、(初期作品と比べて)何か圧倒的に質が違う気がするんですよね。闇の質が。
荒井 うーん。
山村 作画的にはどうなの?アニメーターとしては。
荒井 ナチュラルな、自然な動きですかねぇ。若干あのー、何ていうんでしょう、フレデリック・バックさんみたいな、ちょっと単調な動きかなっていう感もありますけど、それよりも、全体のナチュラルさが印象的ですね。
イラン 作画的に方向性が変わったみたいなところはありますか。
荒井 どうでしょうねぇ。あまり大きな違いは感じないかな…。
山村 技術的にあがっている部分はたくさんあると思うんだけど。作画だけで比べたら、『雌牛』の頃の動きよりも、やっぱり『老人と海』の方が単純に動画のうまさっていうのはある。
荒井 そうですね。
山村 『春のめざめ』になってくると、また別の問題になってくるんだけど。10 人ぐらいのアニメーターが加わったという点が大きいのかもしれない。動きという点ではここ(『老人と海』)が頂点だったのかなという気がします。『春のめざめ』の制作体制に問題があるのだと思います。
荒井 アニメーションの指導は逐一……?
山村 当然そうしているとは思うけど……
土居 『春のめざめ』のDVDの特典映像では、本人がすべてチェックしているって言ってましたけど。
荒井
でも、自分で作画するのと、誰かが作画するのをチェックするのでは、やっぱり違うんじゃないですかねえ。>2
|